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第4話
挨拶もそこそこに店を出た。
そうするのが正解だと思った。
今日は、稑くんに大切な話があって一緒に帰ろうと思っていた。
とても大切な、僕たちの今後を左右する程の話だから覚悟を決めていただけに余計にへこむ。
それに、さっきの稑くんの目…
僕には、何もしてあげる事ができないと実感した。
「はぁ、まいったなぁ…」
自分の心の狭さにはガッカリする。
まるで子どもみたいだ。
オーナーさんが僕の知らない稑くんを知ってるのかと思うと、胸が締め付けられる。
(何で僕じゃなくてオーナーさんなんだ…)
そんな汚い気持ちが溢れてく…
「勘弁してよ、もう…」
店の前でブツブツ独り言を言っている僕は相当な不審者だ。
稑くんが、僕じゃなくてオーナーさんに頼るのは当然の事だと思う。
僕よりもずっと的確なアドバイスをするに決まっているし、それを羨ましがっても仕方がない事も分かっている。
そういう意味で、僕に勝ち目なんてあるわけない。
「稑くん…」
お店の扉の前にしゃがみ込んで動けずにいた。
「おーい、忠犬。」
顔を上げると目の前に立っていたのはオーナーさんだった。
「お、オーナーさんッ!?」
思わずスクッと立ち上がった僕に、オーナーさんはお腹を抱えて笑った。
「マジで面白いな、紘二君。…つか、いつまでオーナーさんって言う気だよ。つい最近知り合ったわけじゃなし。」
「でもオーナーさんはオーナーさんだし…」
「松岡。」
「え?」
「松岡優 。オーナーさんじゃなくて、ちゃーんと素敵な名前があるんだけど。あー、ちなみに優は優しいと書く!俺にぴったりな名前だと思わない?」
「名前、初めて聞きました…」
「そう?知ってるかと思ってたわ。前川から聞いてないの?」
「稑くんはオーナーって呼ぶんで…」
「あー、なるほど。」
オーナーさんとは、稑くんと同じくらいの付き合いだけど、名前を聞いたのは初めてだった。
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