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第5話
名前を聞いたからといって、いきなり "優さん" と呼ぶのもおかしいし、相手は稑くんの上司だ。
ここは "松岡さん" と呼ぶのが正しいと思う。
「じゃあ、松岡さんで。」
「そうそう。ちゃんと名前呼んでくれたお礼に紘二君にいい事を教えてあげよう。」
松岡さんは楽しそうに言った。
「…」
「俺と前川、なんでもないから。なんかあったらとっくに殺されてるから、俺。ウチの子怖くてさ、すぐ手なり足なり飛んでくる。」
「大丈夫です。疑っていませんから。嫉妬はしていますけど…」
「ぶははは、マジ面白いな!」
松岡さんが豪快に笑った。
「からかわないでくださいよ。」
「だって。マジ面白いから!」
「松岡さん。…稑くんは、浮気なんてできるような器用な人じゃないんです。だから僕は最初から疑ってなんていないです。」
「確かに。前川が器用なのは指先だけだからな。」
松岡さんが苦笑した。
「僕は松岡さんが羨ましいです。」
「はぁ?俺がか?」
「はい。稑くんに頼られてる松岡さんが羨ましいです。いい歳してかっこ悪いですよね…」
「そうだな、かっこ悪いな。」
まさかそんな返答が来るとは思わなかった。
普通の人は "そんな事ない" と建前の言葉を返す。
実際、僕もそうすると思う。
「え?」
「だから、紘二君はかっこ悪いって言ってるんだよ。…つか、そう言ってほしかったんだろ? 」
「…言ってほしいわけ、ないじゃないですか…」
図星…
僕は、そう言ってほしかった。
建前だけじゃない言葉…
この人なら言ってくれるかもしれない…
僕は無意識に直感していたのかもしれない。
そして、オーナーさんはそれを分かっていた。
いい歳をして本当にかっこ悪い…
こんなだから、稑くんは…
僕を頼ってはくれないのかもしれない。
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