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第6話
ガックリと落ち込んだ僕の肩を、松岡さんが軽く叩いた。
「とりあえず、紘二君が俺を羨ましがるような事は一切ないから。紘二君にも言わなかった事をあの前川が俺に言うと思うか?さっきは軽く味付けを調整した方がいいって話をしてただけだから。つーわけで、俺は帰る。ここから先は紘二君の仕事。…ウチの大事なパティシエちゃんを頼んだ。」
「え、あ、ちょ、松岡さん!」
それだけ言い残して松岡さんは行ってしまった。
頼んだ…とは言われたものの、一体どうすればいいんだろう。
待ってるべきなのか、先に帰るべきなのか…
悩みながらお店の前を行ったり来たりしていた。
そして、結局お店の前にしゃがみ込んだ。
多分、僕の事なんて誰も気にしていないだろうけれど、視線が気になるのは自分が不審な行動をしている事を分かっているからだと思う。
「おい、不審者!」
「わわわ、すいません、僕は不審者ではありません!!」
僕は慌てて立ち上がり声がした方を向いて頭を下げた。
「バーカ。」
「ろ、稑くんっ!?」
顔を上げた先に居たのは稑くんだった。
しかも、凄く意地悪な顔だ。
「なにしてんだよ。」
「あー…うん、ごめんね。帰ろうかとも思ったんだけど…。やっぱり、稑くんと帰りたかったから。」
「…ほら、行くぞ紘二。」
そう言うと、僕の前を歩き出した。
稑くんは、いつも僕を置いて先へ先へと一人で行ってしまう。
僕はそんな稑くんを追う事しかできない。
いつか、稑くんが僕を置いて一人でどこかへ行ってしまうんじゃないかと不安になる。
そんな不安を抱えたまま5年も経ってしまった。
「待って、稑くん。」
少し小走りに稑くんを追って並んだ。
「…本当にタイミング悪いヤツだよな、紘二は。おかげでダサいところ見られた。」
「うん、ごめんね。」
「職場まで押し掛けて来るとか、付き合いたてのカップルじゃあるまいし…」
「うん…でもさ、稑くん。」
「なんだよ。」
「僕はね、初心も大切だと思うんだよ。」
「…」
「ほら、ずっと一緒に居るとそれが当たり前になっていって、大切な事を忘れがちになったりする時があるから…」
「初心忘れるべからず…ってわけか。」
「うん、そうだね。付き合いたても、3年も5年も10年も、そんなに変わらないって思っていたいんだよ、僕は。」
稑くんの手を握った。
僕の知らない何処かに行かないように…
まるで、繋ぎ止めるかのように…
稑くんは、ずっと前を向いたまま歩いていたけれど、その手が振り解こうとはしなかった。
たまにこういう可愛い事をされるとついほっこりしてしまう。
嬉しくて嬉しくて…
堪らなく嬉しくて…
離したくなくなる。
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