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第10話
家に帰ると、玄関のマットにチョコがちょんこりと座っていた。
「チョコちゃんただいまぁ。チョコちゃんはいつから待っててくれたんだぁ?本当に良い子だなぁ、チョコちゃんはぁ。」
たぶん音を聞きつけて待っていただけだと思うから、ついさっきの事だと思う。
…とは流石に言えない。
今日も安定の激甘ぶりだ。
おかしな話だけれど、少しだけチョコが羨ましく思う。
飼い猫に嫉妬だなんてどうかしているけれど…
それに、これは今に始まった事じゃない。
稑くんが靴を脱いで部屋に入ると、その横をチョコがスリスリと尻尾を絡めながら歩いた。
僕はそれを追った。
チョコになりたい…
それくらい、今の僕は稑くんに飢えている。
もはや、餓死寸前と言ってもいいかもしれない。
最近は、稑くんも新作作りで忙しいみたいだったし、僕も僕で久しぶりの定時あがりだ。
だから、今日こそは話そうと思っていた。
結局、不発で終わってしまっただけれど…
なぜ言い出せないのか…
稑くんの顔色を伺っているからなのかもしれないし、僕に意気地がないからなのかもしれない。
一緒に住んでいるのに…
付き合っているのに…
稑くんはとても遠い…
僕たちの間には温度差がある。
そんなことばかり考えていると、急に稑くんが僕の前に立って、顔を覗き込んできた。
「わわ、どうしたの、稑くん。」
「いや、お前がどうした。」
「え、あ、…んーと、夕ご飯どうしようかなって。」
適当に誤魔化した。
多分、僕は今気まずい顔をして口の端がピクピクしてると思う。
「夕飯は作り置きのカレーを食べるんじゃないのか?そう言って多めに作ってたろ?」
「…あーそっかそっか、そうだよね、カレーあったよね。すっかり忘れてたよ。」
「…変な奴。」
「あはは、ごめんね、少し疲れてるのかも。」
苦笑すると稑くんの顔が更に近くなった。
思わず後退りした。
「紘二、動くな。」
「え?」
稑くんが僕の両頬を包んで引き寄せた。
こつんと額に何かが当たった感覚に、反射的に目を閉じた。
そして、ゆっくり目を開くと、視界は真っ暗だった。
僕の頬を包んでいた手が離れて、視界が明るく広がるとすぐ目の前には稑くんの顔があった。
こういうのは、なんだかとても久しぶりで凄くドキドキする。
頬にはまだ熱が籠ってる。
「とりあえず、熱はなさそうだな。…今日は早めに寝とけ。な?」
「あ、うん…」
上手く反応ができないまま立ち尽くす僕を置いて、稑くんはチョコの待つリビングへ行ってしまった。
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