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第56話
折角ショコラティエの小林君が居るのにバレンタインに力を入れないのはもったいない事だ。
小林君の提案で、いつも店舗販売しているショコラにプラスして予約のみの限定ショコラを販売する事になった。
これが思いの外好評で、かれこれ3日は朝帰りだ。
家にはチョコちゃんにエサをあげに帰ってるようなものだ。
そんな俺と小林君を気遣ってアルバイトの子たちが栄養ドリンクを買って出勤してくるくらいには疲労困憊だった。
疲弊を極めるとは言うが、まさに今がそれだ。
「こ、小林君…今日で、今日で終わるな、バレンタインデー…」
「そ、そうですね、今日で終わりますね、バレンタインデー…」
「クリスマスより忙しかったな…バレンタインデー…」
「侮れませんね、バレンタインデー…」
「誰のせいだ…誰の…」
「す…すいま…」
「こら、寝るな!寝たら死ぬぞ!」
「雪山ですか、ここは…」
開店前はこんな感じだったが開店してからは疲れを忘れる程忙しかった。
変にハイになって、従業員全員の声がデカかったような気がしないでもない。
今だかつてない程のラーメン屋とか、焼肉屋に負けない活気だったと思う。
ふと時計を見ると、閉店時間を迎えようとしていた。
もう客も来ないだろうとアルバイトの子たちに閉店準備をするように言い、俺も片付けを始めた。
店の扉のベルがチリンチリンと鳴ったのはそんな時だった。
いけないと分かっていながらキッチンに居るのをいい事に盛大な溜息をついた。
「マジかよ…」
来てくれるのはありがたい。
飛び込みの客なんて滅多に居ないのになぜ…
なぜよりによって今日…
ガッカリを通り越したようなそんな気持ちになった。
しばらくすると困惑した様子で小林君がキッチンにやってきた。
「前川さん…」
「どうした?」
「なんか、前のお店について知りたいってお客さんが来てます。俺はレストランの時の事は分からないから対応できなくて…。一応席に座ってもらってます。」
「前の店?…常連だった人かな…」
「たまに来ますもんね、出張でこっちまで来て懐かしくてって人。」
「オーダーは?」
「今メニュー見てますよ。すっごく幸せそうに。」
「それ、危ない客じゃないだろうな?」
メニューを幸せそうに見るなんて、よっぽどのスイーツ好きか、疲れすぎて甘いものに飢えてるか…
もしくは…
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