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第57話
自然と足早になった。
理由…
そんなものはない。
ただ、本能的に身体がそう動いていた。
店内の一番奥の席…
そこにその人は座っていた。
心臓が高鳴る…
こんなに期待して…
もし違っていたら…
敏感に反応したこの勘が…
もし違っていたら…
今度こそ折れてしまうかもしれない。
「お客様…お待たせ致しまして、申し訳ございません…」
後ろ姿に声をかけた。
声が震える。
緊張しすぎて吐きそうだ。
その人はゆっくり立ち上がった。
そこからはもう、ストップモーションのようだった。
「あ、いえ、閉店の準備していたのに入ってしてしまってすみません。」
そう言うと、ゆっくりとした速度で振り返った。
横顔で分かった。
間違えるわけがない。
「私、当店のオーナーの前川と申します。」
そう言いながら涙が溢れた。
ずっと見たかった顔…
ずっと恋しかった顔…
程よく上手に老けた顔…
紘二…
俺の前に待ち焦がれた紘二が居る…
もうこの溢れた出た気持ちは止められなかった。
驚く隙も与えずに抱き付いた。
コアラみたいに全身で。
きっと冷静に戻った時、凄く恥ずかしくなる。
でも今は冷静ではないから…
だから、冷静になる前に…
抱きしめてほしい…
「…ろ、稑くん…!?」
「お帰り、…お帰りなさい、紘二…」
俺にこんな事言われたくないかもしれない…
でも、8年も言いたかった言葉…
8年も待ってたなんて重いと思われるかもしれない…
そもそも俺と紘二はもう別れてる。
それなのに…
それなのに…
勘違い野郎もいいところだ。
「うん、ただいま、稑くん…」
紘二はそう言って抱きしめてくれた。
嬉しい…
反応がある事が嬉しい…
拒絶じゃない事が嬉しい…
ただいまと言ってくれた事が嬉しい…
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