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第59話

待っていてよかった… 諦めなくてよかった… もうあと一年遅ければ折れていたかもしれない。 ゆっくり唇が離れて名残惜しく紘二を見つめた。 紘二は少し困った顔をしていた。 「あー…えーと、稑くん…周り…」 紘二の言葉に我に返った。 紘二から離れて振り向いたその先に、客は居なかったものの、従業員が居た。 小林君と、アルバイトの女の子二人… 無意識のカミングアウトに加え、キスまで見られて頭から煙が出そうな程恥ずかしくなかった。 「あ…こ、これは…」 言葉が見つからない。 なんと説明したらいいか分からない。 でも、少し驚いた顔の後、三人は笑ってくれた。 驚いたものの、誰も嫌悪感は抱かなかったようだ。 小林君に至っては、その後にドバドバ泣いた。 「うわぁーん、前川ざぁーん!よがっ…よがっだぁー!!よがっだでずねぇ、前川ざぁーん。」 そして、猛突進してきた小林くんを受け止めた。 「ん…ありがとうな…」 小林君が落ち着くまであやす様に撫でた。 アルバイトの女の子達は親指を立てたあと、片付けを再開した。 「あの、前川さん。あとは俺とバイトさんでやりますから、帰っていいですよ。」 「え、でも、そういう訳には…」 「だって、今日は前川さんが8年も待った日じゃないですか。」 「でも、それとこれとは…」 仕事中に人目も憚らず散々抱きついたりキスしたりしておいてよく言えたものだ。 「こんな日くらいは甘えてくださいよ。」 「でも…」 「大丈夫です。今日のツケは必ず払ってもらうので。」 「まったく、いつからそんなに俺の誘導が上手くなったんだ…」 「もう何年も前川さんの見習いやってますから。」 「ありがとう。…甘えさせてもらう。」 そう言うと、小林君は嬉しそうに目を細めて頷いた。 それから帰る支度をして、代わってくれた小林君達にお礼を言ってから店を出た。 通い慣れた道… だけど、毎日毎日通るこの道を、紘二と歩くのは8年ぶりだ。 紘二と… ただそれだけで新鮮に感じた。

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