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第60話
大通りを抜けて人通りの少ない道に入ると決まって紘二は手を握る。
俺はそうされるのが好きだった。
いつ、誰の目に触れるかも分からない場所でそうしてもらえる事が嬉しかった。
でも、いつまで経っても紘二は手を握ってくれなかった。
当然と言えば当然だ。
気持ちは確かめ合ったが、一度冷静になってみると、どうしたらいいかが分からない。
こういう場合は俺からと…いうのは有りなんだろうか。
した事がないから分からない。
反応が薄かったら…
そう思うと躊躇してしまう。
さっきから紘二に伸ばしかけた手が迷ってる。
「稑くん。」
「ん…」
「病気、…どう?」
「完治はしてないけど、良い方向に向かってる。」
「良かった…」
「あぁ。だからまだこうして仕事、続けていられる。」
「うん。…本当に良かった…」
「心配…してくれてたのか?」
「当たり前だよ。柊さんに毎日メールで様子聞いてたんだから。」
「え、ちょっと待て。柊ってあの柊さんか?」
「柊さんとはあれからすっかり仲良くなってメールのやり取りしてるよ。半年前くらいに向こうで借りてたマンションに遊びに来たりするくらいには仲良しだよ。」
「聞いてない…」
「僕が口止めをしていたからね。」
「ズルい!…俺はなにも知らずにいたのに、紘二は俺の様子を知ってたなんて、ズルい!」
「あはは、あまり可愛い事言わないでよ。」
「可愛くない。」
「可愛いよ。稑くんはずっと、…可愛い…」
身体が熱い…
「紘二…」
「うん?…」
「手…」
「え?」
「繋いで…いいか?…」
「いいに決まってるでしょう?」
「…」
ゆっくり手を伸ばして指先が紘二の手に触れると、指先からチリチリ熱をもって全身に広がった。
「嬉しいな…稑くんから手を繋いでくれるだなんて…」
まるで高校生の恋愛みたいな会話だ。
高校生ならまだしも、35近くのオッサンがやる事じゃない。
手を握ると紘二が照れくさそうに俺を見ながら握り返してくれた。
「やっぱりズルい…」
「でも柊さんが海外に発った後の稑くんの状況は分からなかったし。」
「店の事、知ってたから来たんだろ?」
「知らなかったよ。お店は知り合いに譲って、稑くんは辞めたと聞かされていたからね。」
「じゃぁ、なんで店に…」
「知り合いって言ってたから、もしかしたら稑くんの事を知ってるかもしれないと思って。どんな些細な情報でも欲しかったからね。それに、情報得られなくても凄く美味しそうだったから、メニューに載ってたパンナコッタ。」
「紘二、好きだもんな、パンナコッタ。」
「そうだね。稑くんの作ったパンナコッタは特に大好き。」
パンナコッタはウチの店の看板メニューだ。
いつか紘二が日本に戻った時の目印…
まさか気付いてくれるとは思ってなかった。
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