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02
学校につきいつもと変わらず授業を受けて実習をして講義を受けて。何ら変哲もない日常。変わりのない授業風景。
あっという間に学校の授業は進んでいく。
でも何故だかポッカリと心に穴が空いたような気分なのは、どうしてなのか。
考える事が嫌になった俺は考えを振り払い、前を見た。
美容高校と言っても皆高校卒業と同時に国家試験を受けて就職を考えてる人が多い。
俺も専門には進まず卒業したら直ぐに就職をしたい組だ。
そうなれば皆この時期は毎晩毎晩学校に残り、ひたすら国家試験のカット練習を行っている。高校三年の今、試験は目と鼻の先だから。
俺も例外なくバイトがある日は美容院で色々学んだ後、オーナーに見てもらいアドバイスをもらいながら特別に実習に付き添ってもらっていた。
今日も本当ならバイトだったけどタイミングが良く、有難い事に今日はお休みだと昼頃に連絡が入っていて少しだけ安堵に包まれる。
これで少しは腰が休める……よかった……。ズキズキ痛みを訴える腰を庇いながら、ホッと落ち着いた時。
俺を上げて落とすかのように携帯に誰かからの着信が入った。
「はい」
「もしもーし?」
「……」
ーーブチっ
聞こえてくる能天気な声。人をからかう様なバカにした口調。
携帯を無言で切ってこめかみを抑えると再び携帯が鳴り出す。
出たくない。どうしても出たくない。心の底から思う。
そうこうしているうちに携帯の着信は途切れ、次にメールの着信音が鳴った。
直接よりは幾分ましかと渋々メールを開くとそこには目を逸らしたくなるほど乱れた俺の写真が添付されていた。
「??ッ?!」
ぐらりと回る視界。ドクドクと血が沸き上がり、蘇るあの感覚。
俺はバクバクとけたたましく早鐘を鳴らす心臓を抑えて、赤い顔を隠しながら今一番殴ってやりたい相手に電話をかけた。
「も?し、も?し」
呑気な声が聞こえて俺の怒りは最高に達していく。
最低だ、コイツは俺が思ってた以上に根が腐ってるんだ。
「……おい」
「しょーちゃん、どったの?」
「どうしたのじゃない、なんだよあのメール……ッ、あんなのッ」
「ああ、可愛いだろ?」
「ふざけんな!」
「ふふっそんな怒っちゃって綺麗な顔が台無しだよ」
「黙って。 何のようだよ直輝(ナオキ)」
ーー天使直輝(アマツカ ナオキ)
俺の幼馴染みであり、昨日貞操を奪った張本人でもある直輝に静かに怒りを燃やす。
「今日、仕事終わったら寄るから」
「は?」
「しょーちゃんに拒否権はないからね。 さっきの写真ばらまかれたくないなら大人しくお留守番してるんだよ? じゃね?」
「は、は?!」
直輝はヘラヘラと一方的に話すとそそくさと電話を切る。
言い返す間もなく切られた電話を見つめて行き場のない怒りを鎮めるために俺は大きなため息を吐いた。
「……今日は絶対殴ってやる」
そう決意して、怒りで震える拳を握りしめた。
こんな気持ちになるのは初めてだ。全身がドクドクして、頭が痛む。
吐き気を抑えて、怒りを何とか抑えると学校の自習室に向かい国家試験へと向けて居残りを続けた。
学校を出て家に着くと、時間は夜の8時を指している。思ったよりも長く練習していたなぁと体のだるさを感じながら家の鍵をあけた。
クタクタになりながら玄関に足を踏み入れたとき、不意に気配を感じてゾッと身の毛がよだつ。でも一歩遅くて、後ろから誰かに突き飛ばされた体は玄関すぐの廊下に倒れ込んでしまう。
「ッ、いった……」
何が起きたのかと思い顔を上げれば、俺を押し倒した誰かは体の上に多い被さり両手を頭上に拘束すると俺の唇を塞いできた。
堪らない嫌悪感に、ジワリと心が死んでゆく。
「んっんーっ!」
バタバタと足を動かしても、無理矢理に脚を割かれその間から侵入してきた手に敏感な部分を揉み込まれてしまい全身に鳥肌が立って、力が抜けてしまう。
その一瞬の隙を突くように俺の微かに開いた唇に熱くぬめった舌が無理矢理捩じ込まれた。
(ーー気持ち悪い!)
拒絶反応を示す心に、何とか舌を押し返そうとするがそんなのはただ相手の舌と絡め合う助力になってしまうばかりで。
相手はいとも簡単に俺の舌を絡めると強くすいあげ口内をまさぐる。
「んっ……ふぅっ……、んぅ」
最初はあれほど嫌だったキスにどんどんと熱を持つ体は、熱く、火照る。
振り解こうと動かしていた手にも力が無くなりクタっと体から力が抜け、ただ好きなように男の舌に翻弄された時。やっと口の中から男のものが出ていった。
「はぁ、はぁっ……んっ……、はぁ」
「しょーちゃんのトロ顔頂き」
そんなふざけた言葉が聞こえたかと思うとパシャパシャと携帯のカメラ音が響いて、沈んだ意識が引き戻された。
必死に酸素を求めぼんやりする視界の中、俺の上に跨りムカつくニヤケ顔で見下ろしてくるやつを睨みあげる。
「離せ、ッ、クソ野郎」
「気持ちよかったでしょ?」
「……直輝。 お前本当に何考えてんの?」
「何って、昨日言っただろ? 祥は俺の玩具だって」
「……クズだな」
「最高の褒め言葉だよ」
俺の罵倒にも表情ひとつ崩さず余裕の笑みを浮かべてくるのは昨日から俺の悩みの種である直輝。
天使だなんて苗字の癖にやってる事はとんだ悪魔じゃないかと似合わなすぎるその苗字に文句をつけた。
「遅かったね、他の男と遊んでた?」
「おまえっ……! ふざけんなよっ?!」
「ふざけてないよ?」
「俺が男と遊ぶと思ってんの?!」
「しょーちゃんにその気が無くても、しょーちゃんのいやらしい体は男の目を惹き寄せるからね」
そういう直輝は俺のシャツを胸まで上げると舐め回すように体を見下ろす。辞めろってもがいても、手首の拘束は外れない。
ただただ惨めなだけだ。
「……ふーん、大丈夫みたいだね」
「はなっせよ!」
「痛い痛い?蹴らないでよ?」
直輝はヘラヘラと笑うと俺の上からやっとそのでかい体を退かした。
「……、昨日の事水に流してやるから、お前の携帯に入ってるもの全部消してお前も忘れろよッ」
「しょーちゃんはそんな簡単に流せちゃうんだ??」
「そうじゃないだろ……。 お前は大切な家族みたいな友達だから元に戻ろうって言ってんだよ」
「……ふっ。 本当うざい程甘いよな、俺はしょーちゃんの事そんな風に思ったことなんてないよ?」
「え?直輝、それどういう意味だよ」
「そのままの意味だけど? 俺はしょーちゃんを友達だなんて思った事は一度もない」
「じゃあお前……今迄どんな気持ちで俺といた訳」
「……ん?強いていうなら暇つぶし? 男に襲われるしょーちゃんが面白くて観察してたって感じ」
そう言って派手だけど、直輝の綺麗な顔によく似合ってる白髪を揺らして、馬鹿にするように嘲笑う瞳に胸が締め付けられた。
(……俺だけが親友って思ってたってこと…?)
「傷ついちゃった?」
「……ッ」
「ごめんね……。 でも安心しなよ、今日からは他の男じゃなくて俺だけの玩具にしてやるから」
直輝は俺との距離を詰めるとその長く綺麗な腕を伸ばし俺の頬を包み込んだ。
「俺の物になりなよ祥」
「……死んでも嫌だ」
「そのうち祥の方から俺に触れてって強請らせてあげるから」
「勝手に言ってろ。もうお前と、会うことなんてないよ 」
「ふ?ん、昨日の写真ばらまかれてもいいの?」
「ばら撒きたいなら勝手にすればいい。 それよりも二度と俺に触るな」
冷たく直輝を見つめ、頬に添えられた手を振り払う。
「本当に」
「……」
「しょーちゃんのそういう媚びない気位の高い所が余計に屈服させたくなるよ」
「………話はそれだけ?」
「ふっ、そうだけど」
「なら帰れよ。 そろそろ陽が帰ってくる」
「そうだね、大好きな弟の前で俺のチンコ咥え込んで悦んでるところ見せたくないもんね?」
「……ッ」
「まあいいや、今日は帰るけど明日からは優しくしないから」
直輝は余裕な笑みを浮かべると手をひらひらとなびかせ玄関から出ていった。
消えてく直輝の背中を見つめ、力の抜けた体を小さく丸める。
「…………、お前だけは俺の一番の理解者だったと思ってたのに」
直輝が放った冷たい言葉がナイフのように何度も何度も胸を突き刺す。ドクドクと溢れた血液は真っ黒で、痛みも感じない程腐らせてゆく。
14年間ずっと直輝だけは信用して頼ってきた。
初めて彼女ができた時も、陽と喧嘩した時も、高校進学のことで悩んだ時も。
いつだって誰にも頼れなかった俺の小さなサインに気づいて俺の背中を押してくれてたのは全部全部ただの暇つぶしだったと知って、目の奥が痛む。
14年間の関係が一瞬で儚く崩れていった。
家族以外で一番信頼してる人は俺をただの玩具にしか思っていなかったことにずっと気づかなかった自分の疎さに嫌になって、閉じた瞼は光なんか一つも見えなかった。
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