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「着いた」 「ここ?」 「ヘルメット取ってみて」 「うん」 言われた通りヘルメットを取る うんとクリアになった視界に広がったのは初めて見るような満点の星空と海の上に浮かぶ淡い月とその光を水面に写した波 「………すごい……絵みたい」 「気に入った?」 「…うん…凄い…本当に……本当に綺麗!」 「良かった気に入ってくれて」 隣でバイクに寄りかかる直輝が優しく微笑む ――あ、またこの笑顔 本当に壊れ物を扱うみたいな優しい笑顔 その笑顔を向けられる度に俺は何だか胸が切なくなる 「どうした?」 「ううん、何もないよ」 ゆるゆると首を横に振り笑い返すと直輝の綺麗な指が頬を撫でてくれた 「祥行こう」 「うん」 「はい」 「え?」 差し出された手のひらを見てきょとんとしてしまう そんな俺に直輝はやれやれといった顔をすると口を開いた 「手繋ぎませんか?って誘いなんだけどな」 「――っ!そ、それなら…口で…言えばいいだろ…」 「口で言ったら祥ツンツンして手繋ごうとしないだろ」 「うっ」 なんでもお見通しの直輝に対してそのとおり過ぎて頭が上がらない 「だから、はい…手繋いでくれませんか?」 「……………」 もう一度差し出された手の平を見つめておずおずとそのうえに俺の手を重ねる 触れ合ってすぐに直輝の大きな手のひらがギュッと握り締めてくれた 「じゃあ行こっか」 「………うん」 背後には淡く白い光を放った月が浮かんで その周りにはプラネタリウムみたいな幾つもの星が輝いていて その真ん中で優しく微笑む直輝が綺麗だと思った サラサラと海の匂いを運ぶ風にイタズラのようになびいている白髪が輝いているようにみえて 一瞬直輝がどこかへ消えて行くような そんな初めて直輝の事を儚いと思った 「誰も居ないから外でイチャイチャできるな」 「なっ?!直輝それしか考えてないの…?」 「祥の事だけ考えてるんだよ」 「だ、だからそういう恥ずかしい事を言うなってば!」 恥ずかしさに耐えられない俺を見て直輝がおかしそうに笑う ぷいっと横を向けば直輝に耳元で好きだよなんて言われて身体中がぶわっと熱くなった 「祥、顔真っ赤だけど熱でもある?」 「なっ直輝のせいだろ?!」 「俺が?なに?」 「〜〜〜っ!なんでもない………」 「ふーん」 いつもこうやって直輝は俺を弄ぶからこれ以上は何も言うまいと思って口を閉じる ドキドキと心臓が煩くて 繋いだ手のひらから直輝に伝わったらどうしようとか、俺だけ体温が熱いのバレてないかな?とか色々考えていた時ふいに体が傾く そして直ぐに暖かな腕の中に抱きしめられたんだと気づいた 「――ッ」 「祥熱いね」 「あっ熱くない…!」 「ふふっはいはい」 「本当に直輝ムカつく…」 「うん、でも好きだろ?」 「…………」 「違った?」 「…………違わない」 「あははっ可愛いな〜」 俺の肩に顔をうずめて直輝が微笑む 吐息が近くに聞こえて背中がゾワッとした そんなつもりなんて無くても 直輝の声を聞くだけで心臓が締め付けられて腰が疼く それだけ俺の体は直輝に敏感だった そしてそれに気づく度本当に自分の体の中から直輝に塗り替えられたみたいだと、そんな事を思っていた 「…祥」 「なに?」 「好きだよ」 「………」 『俺も好き』 たったこれだけの短い言葉 そう返したいのに喉奥で詰まって上手く言えない ぐっ、と引っかかるようなそんな違和感を持ったまま見上げていると直輝がふっと笑った 「……そんな祥も好き」 「…なお…き」 「キスしてい?」 「……っ」 いつもなら聞かないで急にしてくるくせに いきなりそんな熱いねつを含んだ瞳で見つめられて心が甘く締め付けられる 小さく頷くとぎゅうっと一度抱きしめられたあとに軽く触れるだけのキスをされた 「………」 「…直輝……」 「ん?」 「……………な、なんでもない……」 「ふふっそっかー、じゃあ行こう」 「……うん」 また手を繋いで夜の海を二人で歩く 穏やかな波の音が心地いい 上を見上げようとしなくとも視界いっぱいに星があちらこちらに散りばめられている夜空は初めて付き合った日を思い出させた 「なんかここ歩いてると祥と付き合えた日のこと思い出す」 「えっ」 「あの日もこんなに綺麗な星は見えなかったけど、それでも東京にしては綺麗な星だったなって」 「…………」 「……手繋いで家まで1時間も歩いたの懐かしいな」 「……うん」 柔らかい穏やかな表情で直輝が話す 俺と同じことを思い返していた事に凄く驚いたし 同じ共有できる思い出がある事がこんなにも胸が暖かくなるほど嬉しいんだって事に気づいた 直輝に連れられて歩くと波にめんした岩場にたどり着く ひょいっと直輝が登って、岩の上に立つと手を差し延べられた 「俺だって一人で登れる」 「知ってる、でも祥ってたまに抜けてるから一応な」 「…………」 ほら、と目の前にぐっと差し出された手を掴むと簡単に直輝が引っ張りあげてくれる 何だかあんまりに軽々しく持ち上げるから少しだけ複雑だ 「ここの窪みいいだろ?」 「わ!本当だ…こんな窪みあるんだね、小さな洞窟みたい」 「洞窟だとしたらめちゃくちゃ小さいけどな」 「小学生の時なら間違いなく俺ここ秘密基地にしたな〜」 「祥意外と活発だったもんな」 昔の俺を思い出しているのかクスクスと直輝がどこか遠くを見ながら話していた そうか… 俺と直輝は付き合ってからだけじゃなくて 本当に小さい頃から幼稚園の時から 共有できる思い出があるんだ…… それが当たり前のようにこれから先も続くと思っていた友達の関係が今は恋人として変わった だけど変わらないのは隣に直輝が居るっていう一番大切なこと 形は変わっちゃったけど でも前よりも俺は幸せだと迷いなく思えた 「祥?」 「へ?」 「なんか今日ぼーっとしてんな」 「そうかな」 少しだけ心配した顔で直輝が俺を見つめてくる その顔も昔から変わらないと思った 意地悪だし本当にエロ大魔人だけど俺が本当に嫌がることはしない ある意味バレてるってことだけどでも俺の事凄く理解してくれてるのは今も昔も直輝だった 直輝と大きな岩の真ん中が波で削られたのか窪みが出来た小さな道具みたいな所へ入る 岩の上に座り込むと目前には月が浮かぶ夜の海とキラキラと輝く星空が見えてまるで何かの絵の中にいる不思議な気持ちになった

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