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「それなら話さない」 「……なんでだよ」 「話しても無駄だから」 「………っ」 やっぱり 直輝の口から放たれた言葉は想像通りで 無駄かどうかなんて一人で決めることじゃないのに 俺と直輝の問題で 俺達は付き合ってるのに それなのにお互いの間に起きた問題を一人でのみ込んで終わらせるってそんなの…… 「話はここまでな」 「っ!やめっ!直輝…っ、俺は納得してない…!」 「うるさい」 「っ…ん…んぅ!んんっ!」 再び動き出した手の動きから逃れようと身をよじりながら反抗する だけど簡単に抑え込まれるとそのまま口を塞がれた 無理矢理に捩じ込まれた舌から逃げ回っても直ぐに絡められて 意志とは関係なくだんだんと感じ出す体にも、普段ならあんなに安心する筈の直輝のこの行為が嫌なことにも 全部全部悲しくて堪らない 「ッ……」 「離れろ…っ」 「…………」 塞がれた唇から逃れる為に直輝の唇に思い切り噛み付く 直ぐにじわりと口の中に鉄の味がして 離れて行った直輝の薄く綺麗な唇からは真っ赤な血が一筋伝っていた 「…………これ以上するなら本気で直輝のこと殴る」 「だったら殴ってみる?」 「…っ…直輝…意味わかんないよ何考えてんのか…話してくれなきゃ分からない…」 手の甲で血を拭った直輝が俺を横目で見てくるけどやっぱり話す気はないのか口を開かない 「……だったら………話すまで…会わない」 「………」 「直輝が……話してくれるまで…俺、会わないから……それに高田とも変わらず仲良くする」 「そんなに俺の言ってること聞けねえなら勝手にしろよ」 「…………ろう」 「…なに?」 「っ…!直輝の馬鹿野郎!ふざけんな!」 床に落ちた鞄を拾って目の前に立つ直輝を押し退けて腹の底から叫ぶとトイレから飛びだした 「っ……馬鹿っ……ッ…なんで何も言わないんだよ…」 直輝を取り残して一人で夜の街を走り抜けながら目の奥がじんっとしてきて涙が出そうだ もう外はすっかり夜で本当だったら今頃直輝と二人で楽しく帰ってたはずなのに… グルグルとモヤモヤと負の感情が止まらずに溢れ出てくる 直輝が悪いわけじゃない 俺が実際のところ悪いのもわかってる だけど話し合いもしないで言う通りだなんて嫌だ 俺は直輝の人形じゃないし 恋人がいたって友達も大切にしたい それに何よりも直輝が理由なくあんなこという筈がないんだ だからこそどうしてなのか聞きたかったのに やっぱり結局直輝は話さないままで 一人で考えて一人で答えを出して一人で決めて 俺は直輝と付き合ってるのに… 俺と直輝で決める事だってあるんじゃないのか……? グチャグチャと色んな事を考えていたら いつの間にか駅に辿りついていた 荒い息を整えながら、直輝がもしかしたら来るかもしれないって思ったら帰れなくて 勝手に飛び出して来ちゃったから このままじゃ本当にすれ違う気がして だから終電まで直輝を待ったけど その後直輝が現れる事はなかった 一人で家に戻ってリビングに向かうと弟の陽がソファで寝ている スヤスヤと気持ちよさそうに寝ている陽の頭を撫でるとすりすりと寄ってくるのが可愛くて笑みが溢れた 「……陽、起きて」 「……」 「おーい、陽〜起きな〜」 「……っ…、…んぅぅ」 ゆさゆさと揺すぶると少しだけ目を開いてからすぐにまた目を閉じて嫌そうにうねる 相変わらず寝起きが悪いなぁなんて、そこも可愛いけど風邪をひいたら困るから無理矢理起こすことにした 「…………お帰り」 「ふふっただいま」 「…………」 「ん?どうした?」 「………お兄ちゃん泣いた?」 「…………泣いてないよ、まだ頭寝ぼけてるんだろー」 じぃっと見上げてくる陽のその言葉に胸がドキッとする 直ぐに人の変化に気づく陽の頭をワシャワシャと撫でると笑って誤魔化した 「陽ー、今日はハル君来なかったのー?」 「うん……お兄ちゃん帰ってくるから今日はハル帰った」 「え、別にハル君泊まれば良かったのに」 「………最近お兄ちゃんと二人で居れないからいい」 「…………」 眠そうに目を擦りながら陽がそんなことを言う ブラコンの俺にとって今のは物凄く萌えた… 兎に角可愛いくて仕方ない 「……お兄ちゃん?」 「えっ?!あ、いやごめん陽可愛いなって…」 「…………俺は男だ…」 「あははっごめんねそうだよね」 昔から可愛くて可愛くて堪らない陽に思わずそう言うと必ず陽は少しだけむぅっとしながらへそを曲げていた 隣に座る陽の頭をくしゃくしゃと撫でていると不思議とさっきまでの悲しい気持ちが溶けていく 家族っていいなぁなんて思っていると、寄りかかってきた陽がふと口を開いた 「……お兄ちゃん」 「なに?」 「今日一緒に寝たい」 「ええ?!」 じーと見上げてくる陽のお願いに 驚くけどそれよりも嬉しい ニヤニヤと緩んでしまった締まりのない顔をしながら口では仕方ないなぁ…なんて言っては内心喜んびに溢れていた 自分でも思うけど俺はかなりブラコンだと思う…… 直輝との約束よりも陽の事を優先した事も度々あったし その度に直輝も俺の家来てたから まあどちらにしろ会ってたわけだけど そのままパパッとお風呂に入って寝る支度を済ませると陽と共に部屋へと向かう 二人で寝れなくもない俺のベッドに一緒に入り込むと直ぐに安心したのか陽が寝息を立てて眠っていった 「……いつの間にか大きくなったね」 小さい頃の陽の寝顔と今の大人びた寝顔が重なる 両親が事故で亡くなってから ずっと陽と支えあってきた そんな俺達を今は享さんって言う育ててくれてるお父さんがいて 幸せだけど、きっと陽には沢山我慢させたから…… 目を閉じるとさっき直輝と揉めた時に脳裏にフラッシュバックしてきた昔の記憶がかけめぐる 怒鳴り声と泣きあげる声 大きな音と空気を裂く音 たまに、こうやってふとした時思い返すことがあった 意識してとかじゃなくて 本当何かをきっかけに急に頭の中に浮かび上がってきて その耽美に何も言ってもないのに 直輝はいつも静かに手を繋いでくれてた なんで喧嘩しちゃったんだろう… はぁとため息が自然と口から溢れる 明日……… 明日ちゃんともう一度話し合えるかな ギュッと目をつぶってそんなことを思う なんだか直輝と喧嘩したってだけで一人の世界が急に寂しく思えた 一人でいる事がこんなにも苦痛だったのかって、直輝の大きさに改めて気付かされたんだ

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