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意地っ張り

バイトが終わったあとオーナー達に誘われて久しぶりに夕飯を一緒に食べてから家に帰った 玄関入ってすぐに話声が聞こえる リビングを覗くと陽とハル君が何やらゲームをしていて、ただいまと声をかけると直ぐに部屋へと直行した 部屋に入ってベットに腰掛けながらアドレス帳を開いて 一番上にある名前の表示をタッチして携帯を耳に当てる 電話の相手は勿論直輝で、 時刻はもう既に23時を過ぎてるから寝てるか不安になりながらもコール音を聞いていた 何回も規則的に繰り返される同じ音は 暫く鳴った後に留守番電話へと切り替わった 「…仕事かな」 少しだけ、残念だ 最近忙しいって言ってたし 直輝の家にいても俺の方が先に家に着いて待っていたりする事が増えた 直輝も帰ってきて直ぐ俺の事抱きしめたまま寝ちゃう何て事もあったし 今日も仕事なのかもしれない だったら尚更早く仲直りしたいな… これから先もっと時間が限られてくるなら 喧嘩したまますれ違ったままなんて嫌だ きっとこの先俺も本格的に就職したら直輝に会える時間はガクッと減ると思う それだけ美容師をしながらヘアメイクアーティストとして活躍する事はほんの人握りで大変な事だから今みたいにはいかないだろうし でも直輝の傍で働きたいって、その気持ちは恋人になる前よりも幼馴染みとして直輝の傍にいた時から変わらないから 何よりも俺の夢だし現実に出来たらきっと今よりも自信を持って直輝の傍にいれるだろうから だからまだ自分達の道を本格的に進みだす一歩前の今の時間を無駄にしたくなかった ぐっと握り締めていた携帯をベットの上に置いて腰を上げる また一人で色んな事考えてもきりが無いからお風呂にでも入ろうと思って部屋を出た そのまま浴室に向かって今日1日起きた事を思い返しながら体についた泡を洗い流すと湯船に浸かる 大体いつも直輝とお風呂に入ってたから一人で入るとこんなに広かったんだなぁなんて感動してしまった でもやけにそれが寂しいな、とも思った あったかい湯船で体を暖めてからお風呂を上がると気だるさに包まれて段々眠気が襲ってくる 少しだけ面倒だなぁとは思ったけど、ちゃんと髪を乾かしてから部屋に戻った 部屋に入って直ぐにベットの上に置かれている携帯を見るとアプリの通知がきている ドキドキしながらその通知を開くと直輝からの返事で一層胸が高まった 『ごめん、電話気づかなかった』 それだけのシンプルな内容 直輝からのその言葉に目の奥が熱くなって、ほんの少し胸が痛い 多分……直輝も怒ってる いつもなら直ぐに電話かけ直すのにアプリで連絡してくる辺り本気で怒ってるんだろうな… そう言えば今朝は俺が一方的に電話切ったんだよね そりゃ怒っても仕方ないよなぁ はぁと自然と口からため息が溢れる ベットに横になるとアプリをもう一度開いた 『電話したいんだけど今大丈夫?』 これだけを打つのにかなり時間がかかった 緊張してる自分を落ち着かせると深呼吸をして送信ボタンを押す それからもずっとそわそわが収まらなくて焦れったくなって電話しちゃう方が早いかな?なんて思った時携帯から通知音が鳴った 物凄い早さで携帯画面を確認すると直輝からの返事で大して時間も経ってないのにやっと来たなんて思う 『構わないけど、今はまだ仕事中だから直ぐに戻る事になるけどいいか?』 これは辞めといた方がいいのかな… やっぱり仕事だったんだと申し訳ない気持ちがこみ上げてくる 仕事中に仲直りしようなんて連絡されても困るよなって思うと辞めといた方がいい気持ちが大きくなってきた 『大した用事じゃないから仕事中なら大丈夫!また今度連絡するね、夜遅く迄お仕事お疲れ様』 散々悩んだ結果やっぱり仕事中に迷惑をかけるのも時間を取らせるのも悪いと思うし それだけを送ると、仕方ないと無理矢理気持ちを切り替えて俺も寝る為に部屋の電気を消して布団に潜り込んだ 瞼を閉じて静かな部屋で考える また今度っていつしたら良いんだろうとか そう言えば直輝と喧嘩した事なんてなかったなとか 一度もした事がなかったから 直輝との仲直りの仕方も分からない 本当にある意味初めて尽くしだなぁなんて呑気な事考えていた時携帯の着信音が部屋に響き渡った 「…誰だろ?」 流石に直輝じゃないよな 仕事って言ってたしさ ないないと思いながらも本当はこれが直輝だったらいいな何て思いながら もそもそと携帯の画面を見る 表示された名前を見た途端頭で考えるよりも先に親指が動いていた ドキドキと驚いたまま何も心の準備も出来てないまま勢いで通話ボタンをしてしまう 早く出なきゃとしか考えてなかったせいで通話ボタンを押したわいいものの頭の中がこんがらがっていて言葉が出てこない 一人であわあわと慌てていると受話器越しに直輝の声が聞こえてきた 「祥?」 「あっ、し、仕事は…?あの…」 「何そんな慌ててるんだよ」 「いや……なんでも…ない…」 わたわたと慌てて落ち着きがない俺とは反対に電話から聞こえてくる直輝の声はいつもと同じで変わらず落ち着いている それがやけに俺だけ凄い待ち望んでたみたいで恥ずかしくなってきた だけど、 何日ぶりとか1ヶ月ぶりとかそんな久しぶりでもない癖に それなのに名前を呼ぶ声を聞いただけで何十年も何百年ぶりに聞いたみたいに胸が苦しくて暖かい気持ちが溢れ出す 「それで、どうした?」 「へ?」 「話があったから電話したんだろ?」 「あ…いやそれは………」 俺とは違って直輝はそうでもないのか 淡々とした話し方で何だか俺って馬鹿なのかなって思えた 電話で言うべきなのか 本当ならちゃんと会って話したいけど 会ったら会ったで俺きっと意地張っちゃう それでまたもっと悪くなるのも嫌だし 仲直りしたいってそれだけは今電話でもいいからちゃんと伝えたい 緊張で体全体が熱い だんだん喉も乾いてきた様な感覚がしてうまく喉が開かない 「祥?」 「あ…のさ…」 「ん?」 「昨日のこと…」 「あー、うん」 「………」 電話の向こう側で直輝の雰囲気が少し変わったのがわかった 昨日の今日だしきっと直輝もこの話だとは思っただろうけど、俺の言葉で直輝の声のトーンが少しだけ低くなって益々言いづらい 直輝は仲直りしたいとか思ってないのかなとか段々考え方がマイナスな方にばかり向かう そんなこと直輝は一度だって言ってもないし 現にこうやってわざわざ仕事中なのに掛けてくれるあたりやっぱり優しい 本当に話すのが億劫ならきっとあのまま俺の返事見てスルーしたりするだろうし そういうの全部分かってるのにこんな事考えてて自分の事嫌いになりそうだ 「祥、あんまり時間ないから電話で言いづらいなら会って話す?」 「えっ」 「今日は厳しいけど、明日なら何とかなるだろうから」 「………うん、わかった」 口篭る俺に気を遣って直輝がそう言ってくれる これじゃあ本当に直輝に頼り切りじゃないか 一言だけでいいから、 ちゃんとごめんねだけでも言わなきゃって口にした時電話の向こうから急に聞こえてきた大きな音にそれはかき消された 何かのクラブミュージックの音なのか物凄い音が電話口から俺にまで聞こえてきて、案の定聞こえてなかったのか直輝が「へ?」と聞き返してくる 一度言えたなら二度も三度も同じだ頑張れ俺!なんて口篭る自分に喝を入れて もう一度言おうとした時電話の向こう側で甘い女の子の声がした

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