89 / 177

03

「お兄ちゃん?おはよ…?」 「…うん、おはよう」 翌朝、結局全然寝れなかった俺は 早めに起きていつもお弁当を作ってくれる陽の代わりにお礼として今日は俺が作ることにした いつもならまだ寝てる筈の俺が起きてる事に寝癖を付けた陽が驚いている それと昔から変わらないけど 朝が苦手な陽はやっぱりどこか少し機嫌が悪そうだ そんな陽に挨拶をして、 お弁当ついでに朝食も作り終えていた俺は顔を洗ってきた陽と一緒に朝ご飯を食べた 「……お兄ちゃん」 「なに?」 「……直輝君と何かあった…?」 「げほっげほっ!」 「あ……大丈夫?」 「〜〜〜っ」 突然、陽に的を得た質問をされたおかげで驚いてむせてしまう ぜぇぜぇと咳をする俺を、 陽はやっぱりかとでも言いたそうに俺を見ながら牛乳を差し出してくれた 「お兄ちゃんが機嫌悪い事って大体直輝君だよな」 「………そうかな」 「そうだよ、それに直ぐに意地はるし」 「…そんなことないよ」 「ほらそういうの、もう意地張ってるだろ?」 「……………」 つんとしながら陽が見てくる 言われた通りもう意地を張ってる自分が恥ずかしい 何だかこれじゃあどっちがお兄ちゃんか分からないなとさえ思えてくる 「……ごめん」 「俺に謝っても意味ないだろ」 「………はい」 「直輝君はお兄ちゃんの事大好きだよ」 「えっ!?」 「…お兄ちゃんと居る時凄く楽しそうだから……なんで喧嘩したかは知らないけど早く仲直りしろよ」 「うん」 「……仲直りしたら俺がお兄ちゃんの大好きなもの沢山作って美味しいご飯作るから」 「陽〜っ!」 「だから、ちゃんと素直になってまた直輝君連れてきてね」 「ありがと!俺頑張るよ!」 ガッツポーズで答える俺に 陽がふにゃっと笑ってくれる 朝から弟に励まされて肩押されて何だか頼りない兄だけど、でもお陰で少し気持ちが楽になった それからも久しぶりに一緒にした朝食の時間を楽しんで朝ご飯を食べ終えると 朝練のために早くに家を出ていく陽を見送った 笑顔で学校に向かって行った陽を見届けて、俺も制服に着替えるといつもよりも少しだけ早く家を家を出る 久しぶりに早めに出たし向こうで検定の勉強でもしようかな テストも近いんだし直輝の事ばかり考えていられない それに兎に角冷静にならなくちゃ じゃなきゃまた昨日みたいな事になるし …はぁ…会いたいな 切り替えるって思ったばかりなのに それでも頭の中は直輝ばかりだ 1日会ってないだけでも寂しくて堪らないのにこのまま会えなくなったら俺どうなるんだろう ミイラ化したりしそう… いやそんな大袈裟な、有り得ない有り得ない 寝不足のせいなのか何なのか 頭が少し馬鹿になったみたいにおかしな事しか思い浮かばない そうやって一人で悶々と考えていたらあっという間に駅に着いていた 朝の駅はとりあえず人が多い これからこの人達皆目指す場所に向かって歩いて行くんだよな… 名前も知らない接点もない ただ目の前を通り過ぎて行く赤の他人の後ろ姿を見てやる気をもらう 俺だって今日もまた新しい1日頑張るんだ やっと少しだけ気持ちが前を向く その気持ちを絶やさないように少し駆け足で改札の中に入ると運がいいのかホームに着いたと同時に電車がちょうど来た 小さい事だけどこれもいい事の一つだな そんなこと思いながら電車に乗り込みふと反対側のホームを見たときドキッとした 視界の中に直輝みたいな人を見つけたからだ 「……そっくりだなぁ」 さっき迄いい感じに忘れてたのに 追い討ちを掛けるかのようにまた気持ちが溢れてくる 考え過ぎて幻覚でも見えてるのかとさえ思えてくる こんな時間にあんな派手な髪で変装一つせず人が多い駅になんているわけ無いのに 第一何よりもおかしいのは その直輝そっくりな人は女の子と朝から抱き合っていて 人目をはばからずにイチャイチャとしている 女の子と抱き合ってる時点で、 直輝なわけが無いんだから あんな白髪でノッポなんてそうそう居るはずない……… 直輝じゃなくて他の誰かだから… だから……… あれは直輝なんかじゃないって誰か言ってくれ 頭でいくら否定をしていても現実は残酷だ ドクンドクンと心臓が嫌な音を響かせる それはどんどん大きく響いて身体が凍りついた 女の子を抱き寄せ伏し目がちに俯いていた男の人がゆっくりと頭をあげる その顔を見たらいけない気がして目を逸らしたいのに 身体は金縛りにでもあったかのように一ミリもとも動かなかった 見えなかったことだけが救いだった男の人の顔がハッキリと見えたその時、 目に写ったその顔を見て心臓が止まるかと思った ………………あれは直輝だ 「――っ」 プルルル、っと音を鳴り響かせてドアが閉まる ガタガタと電車が緩やかに発車し出して ザワザワとうるさかった電車の外と むせ返す程のたくさんの人の体温が詰まった車内との世界が切り離される 外とは違うほんの少しだけ静かになった電車の中で これが全部夢だったならって何度も何度も願った あれは全部俺の見間違いなんだって思いたくて だけどそんな気持ちとは裏腹に震える体が答えを示してる あれは幻覚でも夢でも冗談でもなくて 現実で、俺の恋人である直輝なんだって 身体はあんなにバクバクと心臓は音を立て早く動いているのにやけに頭だけは冷静だ 周りの喧騒も何もかも耳に届かない 自分の周りだけ全ての音が消えたみたいで 脳裏ではさっき見た直輝と知らない女の子が抱き合ってる姿がこびりついて消えない あの瞬間電車を飛び出して自分の足で確かめに行くことだって出来たのに怖くて動けなかった もしも、もしも本当に 今考えてる嫌な考えが現実になったなら 俺は立ち直れるだろうか? もし今本当に直輝が隣から消えたなら 俺は一人で大丈夫なんだろうか? ぐるぐる、ぐるぐる 頭の中をそんな考えがめぐる 確認する勇気なんてない癖に 直輝がどう思ってるのかが気になって仕方ないなんてアホらしい 誰かを好きになるってこんなにも苦しい事だっただろうか 今迄だって恋ぐらいしたことある ちゃんと恋して惹かれて付き合って好きだったって自身を持って言える だけどこんなに恋焦がれた事なんてなかった もしも隣から消えたらなんてこと考えて 冷えつくような気持ちになった事なんてあっただろうか? そりゃ勿論悩むことあったけど こんなに苦しくて堪らない事なんてなかった筈だ 喧嘩一つでこんなに悲しくて堪らない事なんてなかった筈だ もしもこの先にあの人が居なくなったらなんて事考えて怖くなる事なんてなかった筈なのに そんな気持ち知らなかった筈なのに なのに、俺は今そんなもしもが起きたらどうしたらいいのか怖くて怖くて堪らなかった いつの間にこんなに好きになってしまったんだろうか 俺は直輝へ幼馴染みなんて情はもうとっくになくしていて 本気の恋をしてしまった事にこんな風に気付かされるとは思いもよらなかった 本気で人を好きになる事がこういう事なんだってこんな形で知るなんて間抜けすぎる 失くすかもしれないって追い詰められなきゃ相手がどんなに大切だったのか自覚出来ないなんて大馬鹿者だ… それに何よりも一番嫌だったのは 真っ先に直輝を信じれないで、 浮気を疑う自分の弱さだった 自分がこんなにも弱かった事にも 直輝の事を信じれないなんて一瞬でも思ったことが嫌で嫌で堪らなかったんだ

ともだちにシェアしよう!