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すれ違い
あれからどうやって学校行ったのか
覚えてないまま気づいたら教室にいた
何かもう考え過ぎて頭痛い
浮気とか決まったわけじゃないのに
直輝がそう言った訳でもないのに
じゃあ浮気じゃなかったら何なんだろう
そんな卑屈な考え方しか出来なかった
結局学校の授業も考え混んだまま身が入らなくてバイトに来てもイマイチ切り替わらないままで
ボーとしたりして先輩達に迄気を使われる始末だ
「祥」
「っ!はい!」
「…スタッフルーム来い」
「はい」
オーナーに呼ばれて、後をついていく
休憩をしてる人もいないから
スタッフルームには俺とオーナーの二人だけだ
椅子を引いてオーナーがそこに腰を掛けると俺を真っ直ぐに見つめて口を開いた
「お前帰れ」
「――っ!」
「何も驚く事はないだろ?帰れって言ってんだ」
「っ…すみません!しっかりやります…だから、帰りたくありません…」
「……今日のお前は無理だ、仕事に私情を持ち込むんじゃねえよ」
「………はい」
「分かったな帰りな」
「…っ」
「……今日は帰って明日はそのしけたツラ何とかして来い、今のお前に教えることも無けりゃ任せられる仕事もねえよ」
「すみません……」
言葉が出ない
オーナーの言ってることその通りだ
自分だけの悩み事を仕事に持ち込んで
大切な空間なのに俺は……
「今日はもうそこまで予約もないから大丈夫だ」
「………すみません…本当に」
「…明日は許さねえからな」
「…ありがとうございます…明日は今日の分も頑張ります…っ…オーナー本当ご迷惑おかけしてすみませんでした」
「んな堅苦しいのは要らねえよ、ほらさっさと帰って飯食って寝ろ!」
さっき迄厳しい顔つきだったオーナーが頬を緩めて優しく微笑む
俯いたままの俺の頭をポンッと撫でるとそのままお店へと戻っていって取り残された俺はただ足元見つめたまま暫く動けなかった
「…俺…本当情けないな…っ」
優しくしてもらった事が寧ろ痛かった
何もかも甘やかされてばかりでそんな自分が悔しい
重い足取りで荷物を纏ると、スタッフルームから行ける裏の玄関から出て家へと帰る
恋愛一つでここまで掻き回されるなんて思わなかった
いつもよりは早いけど
もうとっくに日も沈んで夜の道を歩いているとぼんやりと空には月が浮かんでいて
直輝と付き合った日初めて気持ちの篭ったキスをした事とか
その日、あの直輝が涙流してた事とか
海での話とか全部全部嘘だったみたいに思える
どれもこれもその時は皆本気なんだろう
だけど時間と共に人も心も変わるものだから
変わってくのは誰にも止められる事じゃないから
その時の本当が
今では嘘に変わって行く事が酷く脆く思える
人と人を結ぶ繋がりが儚く脆いものに思えた
駅を降りて通い慣れた住宅街を抜けて
真っ直ぐ行けばもう家に着くって時に
誰かが家の前に立って居るのが見える
ぼんやりした視界の中でそれをじっと見ていると
だんだんとその顔がはっきりと見えてきて心臓が急に痛みだす
「……………直輝」
「…………祥、話がある」
「…………っ」
数メートル先に立っていた直輝と目が合う
体をこっちへと向けて真剣な目で重く口を開くからその姿を見た途端に頭の中に今朝ずっと考えていた事が一気にかけ巡った
「俺はない」
「……」
「邪魔だから帰れ」
「祥、聞いて欲しいことがある」
「……聞いて欲しいこと?」
そのまま突っ立ってるわけにも行かなくて
家の前に立つ直輝を通り過ぎて玄関へと向かう
直輝の顔も見ずに家へ入ろうとした手を掴まれて引っ張られた
話って…
直輝の話ってなんだよ
別れ話か?それとも浮気してたから辞めたいとか?
そんなの今は聞きたくない
「少しでいいから聞いてくれ」
「…嫌だ」
「祥大事なことだから」
「…………大事なこと?」
「……ああ」
「…俺が……俺が話して欲しい時には何一つ口にしない癖に」
「…だからそれは」
「直輝」
「……なんだ」
話している途中の言葉を遮って直輝の名前を呼ぶ
掴まれたままの腕を振り解いて
俺も直輝を真っ直ぐに見上げると
震える唇を静かに開いた
「今朝、何してた?」
「…今日の朝?」
「……そう」
「なんで?」
「いいから」
「普通に仕事が終わって帰ってきたけど」
「そっか」
「…なんでそんな事聞くんだ?」
「……直輝さ、俺に飽きたならそう言えばいいじゃん」
「は?」
「女の子と抱き合ってたの見た」
「なんのこと…」
「今朝、地元の駅で直輝が女の子と抱きしめあってるのを見た」
「…………っ!」
何かを思い出したかのように直輝がハッとする
ああやっぱアレ直輝だったんだな
俺の見間違いだったならって思ったけど
現実だったんだ
「祥!あれは!」
「いいよ直輝もう」
「良くない!話を聞けよ!」
「なんで?別れ話ならもういいって、それに直輝ずるいよ大切な事は何一つ話さないで俺が聞いても言ってくれないのに…自分の言いたい事は聞けって…」
「それは悪かった、だけど本当に大切なことだから!」
「いいってば!」
自分でも驚く程大きな声が出た
そのまま直輝に掴まれた腕をふり解くと一度も後ろを振り返らずに家の中へと駆け込んだ
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