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02
ドアの鍵をかけて乱暴に靴を脱ぐとそのまま階段を駆け上がる
大きな音がしたせいか
陽が心配そうに名前を呼んでたのも無視しちゃってまっすぐ部屋へ入ると布団に飛び込んだ
聞きたくない
今は何も聞きたくないんだ
何聞いたって絶対に疑っちゃう
直輝の真っ直ぐな目を見る事が出来ないんだ
例えこれが全部勘違いだとして
本当に何もなかったんだとして
ただの良くある些細な喧嘩だったねって
この先笑い合うことなるんだとしても
だけどまたいつかこんなふうに喧嘩があって
その時は仲直りできるのかって
俺達の関係に未来ってあるのかって
出会いがあったら別れがあるみたいに
俺達にもいつか別れがあるんだってこと
今が馬鹿みたいに死ぬほど幸せだとしても
その時間は一生続かないんだってこと
その現実が怖くて堪らないんだ
ベッドに体を沈めたまま枕に顔をうずめる
真っ暗な部屋の中負けないぐらい
真っ黒い気持ちばかり溢れ返していたとき
ふとドアをノックする音が響いた
「…お兄ちゃん?入るよ?」
「……」
「……………直輝くんには帰ってもらったよ」
「…ごめん、ありがとう」
「ううん大丈夫」
陽の顔を見ないまま枕にくぐもった声をこもらせてそう返事をする
俺が顔を上げる気が無いのに気づいた陽がゆっくりと近づいてきてベッドへと腰掛けた
「…直輝くん、悲しそうだったよ」
「………ん」
「…お兄ちゃんも、悲しい?」
「……」
「…………」
「…陽」
「なに?」
「前、ハル君と喧嘩…してたよね?」
「うんお兄ちゃんが俺の事励ましてくれた時だよな」
「……ハル君の事好き?」
「好きだよ大好き」
「…そっか」
「………どうして?」
「…陽はさもしもハル君が隣から居なくなったらって考えて怖くなる?」
「…………」
一瞬、陽が息を詰まらせたのがわかった
だけどその後ひと呼吸おくと
優しく穏やかな声が聞こえてきた
「怖いよ」
「……」
「ハルが居なくなったら凄く怖い」
「…」
「でも俺、そうやってずっと逃げてきたんだ」
「…逃げてきた?」
「うん、ハルが本当の俺の事知ったら今迄みたいにお日様みたいな笑顔を向けてくれなくなるんじゃないかなって」
「………」
「ハルも皆と同じみたいに俺の横から消えるんじゃないかって……だったら俺は最初っからハルと深く関わりたくないってハルの気持ち無理矢理に押し返しちゃったんだ」
「…言ってたね」
「うん、お兄ちゃんにあの日話した通りだよ…でもそれで気づいた……いずれ別れが来るなら俺はそれまではうんっとハルの事愛したいって思った…今も怖いけど……でもハルが俺を好きだよって笑いかけてくれるあいだは俺も沢山ハルを愛すんだ」
「…そんなの……そんな…悲しくないの…?それで陽は苦しくないの…?」
「……大丈夫」
「え?」
「ハル俺の事大好きって言ってくれる、俺もハルが大好きで…それだけは一生変わらないこの先ハルと離れる事があっても今の時間は嘘をつかないだろ?」
「…………」
「…お兄ちゃんが言いたいこと、何となくわかるよ」
「……怖いんだ」
「うん」
「……凄く、怖い…こんなに自分が弱かったって気づいた時足がすくんだ」
「お兄ちゃんは強いから」
「……強くなんかないよ」
「…ううん、お兄ちゃんは強いんだ、だから弱くなることに慣れてない」
「弱くなること…?」
「俺は、お兄ちゃんが強いだけの人なんて思ってないよ」
「……」
「お兄ちゃんは普段真っ直ぐで卑怯な事が嫌いで強い心の人だけど、お兄ちゃんだって悩んだり弱くなったりするのは当たり前のことだろ?」
「……」
「…でもあんまりお兄ちゃんはそれを表に出さないから…そんな時いつもお兄ちゃんの隣には直輝くんがいた」
「直輝…」
「でも直輝くんだってお兄ちゃんと同じく弱くなったりするだろ?きっと今お兄ちゃんに避けられて落ち込んでるよ」
「…そんなこと……直輝は俺になんも話さないし…俺なんか居なくなっても落ち込まないよ」
「お兄ちゃん」
「あいたっ」
ムッとして言った俺を見た陽がペちんっと額を叩いてくる
痛みに眉根を寄せて陽を見上げると
心底呆れたといいだけな顔をしていた
「また直ぐにそうやって意地はる」
「……張ってない」
「張ってるだろ、お兄ちゃんの欠点あげるなら素直じゃないって所だ」
「……そんなことないよ」
「そんなことあるだろ?現に喧嘩の理由もお兄ちゃんが大抵意地張ってもう話さない!とか言ったんだろ」
「ウッ……」
「……はぁ…直輝くんは本当お兄ちゃんによく付き合ってくれてるよ…」
「なんか俺が凄いめんどくさいやつみたい」
「…だってそうだろこんなに天邪鬼なのに直輝くんは嫌な顔しないでお兄ちゃんのそばに居る」
「そんなの…」
「…お兄ちゃんっ!」
「……はい」
「天邪鬼も良いけどさ、一人で不安がって怖くなる前に今一番伝えなきゃならない相手に言わなきゃならない言葉伝えろよ」
「………今日は無理」
「…ならせめて連絡ぐらい入れてあげなよ」
「……」
「だったら明日の朝くらいには連絡しろよ!」
「…陽優しくない」
「お兄ちゃんがあんまりにも素直じゃないからだろ」
「……陽だって素直じゃない癖に」
「お兄ちゃん程じゃないそれに俺はハルが好きだ」
「なんだよぉ…最後のは関係ないだろ…惚気んな馬鹿陽」
「ふふっ俺はハルに好きだって言えるけどお兄ちゃんは言えないだろ」
「………もー意地悪だよ陽」
「あははっお兄ちゃんが弱ってるの珍しいからさ」
布団から少しだけ顔を覗かせて陽を見るとクリっとした猫目を垂らせて優しく笑っている
こんなふうに陽に話を聞いてもらって励まして貰う日が来るなんて何だか感慨深いものだ
「…明日直輝に電話する」
「うん、ご飯食べに行こうお兄ちゃん」
「…………今日は何作ったの?」
「お兄ちゃんの好きなもの」
「っ!」
「ふふっほら早く、俺先に降りてるからな」
ふわふわな猫っ毛を揺らして陽が先に部屋を出ていく
もぞもぞと俺も布団から出ると
携帯を開いてゆっくりと文字を打ち込んだ
「明日、23時にあの公園で話そ。待ってる。
あと…さっきごめん」
何度も何度も打っては消してを繰り返してやっと出来上がったそれだけの短い文を送る
トーク画面にしっかりと送られたのを確認すると俺も陽の後を追いかけてリビングへとおりていった
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