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一体どれぐらい走ったのか
携帯も何も持たずに家を飛び出して
気づいた時には見た事もない場所に来ていた
真冬の中制服だけで飛び出して
寒くないわけがない
だけど帰る気にもなれない
兎に角これからのこと考えよう
そう思って目の先にある小さな錆びれた公園に入ってベンチに座る
夕暮れだった外は今じゃ真っ暗闇で
月の一つも出てないほど空は厚い雲に覆われていた
吐く息は白くて
真っ暗な中に白い色が呼吸をする度に溶け込む
ああほら
俺は生きてる
何を感じなくても
ちっさな復讐をしても
俺は生きてる
その事実が恐ろしい
生きてるのにあの人達が
傷つく姿を見て何も感じなかった
もっとスッキリしたり
罪悪感に見舞われるなり
なんなりするかと思ったのに
モノクロ映画を見ているような気分でしかない
知らない誰かを見ているような
自分が引き金を引いて起こした事なのに
俺は第三者みたいな傍観者の気分だった
これじゃあ生きてるって言っても
死んでるようなものなんだな
それなら本当に俺は
要らない人間だったじゃないか
兄と弟が言うように
俺は生きてる価値の無い空白な人間だ
今になって知るなんて俺も馬鹿だな
そう思うとふつふつと笑いがこみ上げる
この数年間俺は一体何を手にした?
友達は?恋人は?夢は?
なにか一つでも自分で手に入れたものはなんだ?
俺に残ったのは
嫌いな家族と同じ人を陥れる醜い自分と
俺もあの人達と同等なクズだって事実
もっと自分の時間を生きれば良かったのに
そうしようとしなかったのは
あの人達が言うように俺が何も面白みのない人間だって知るのが怖かったんだ
誰にも愛されない誰にも必要とされない
それはお前が何の価値もないから
嫌ってほど言われ続けたこの言葉は
まさにその通りだ
それを受け止めるのが俺は嫌だったんだな
狂ったほど笑って
はあとため息が零れる
本当、これからどうしようか
そう思った時
背後から誰かに肩を叩かれた
「…………なに?」
「あの……寒くないですか?」
「は?」
後ろを振り返れば高校生らしき青年が立っていた
襟足が長めな黒髪に
人が良さそうなたれ目がちな瞳と
真っ白な肌を引き立てる泣きボクロ
一瞬、女の子かと思ったけど
声もよく見れば体格も華奢だが男の子だ
ジッ、とその子を見つめているだけの俺に
青年が目の前で手をひらひらとする
「あのー?」
「あ、寒くない、大丈夫」
「……そうですか」
それだけ言って再び背を向ける
もうこれ以上話す気が無いと分かったのか
その子も俺の後ろを通ると公園を出て行った
寒いかどうか聞くなんて野暮な子だな
寒い、酷く寒くて仕方ない
ずっとずっと昔から
寒くてどうしようもない
「あの!!」
真っ暗な空を見上げて
感傷に浸っていた時大きな声で呼ばれてビックリする
なんなんだと思って声の聞こえた方へと顔を向けるとさっきの子が息を切らして立っていた
「これ、使ってください」
「……なにこれ」
「マフラー!」
「…………いや見たら分かるけど」
差し出された赤いマフラーを手に持って困惑する
見ればマフラーだなんて事は分かるし
そう言う意味で何と聞いたんじゃない
どうして俺にそれを手渡したのか聞いたのに
その子は俺が受け取ろうとしないのに気づくと膝の上に置いてきた
「寒いから」
「……これ、君がさっきつけてたやつでしょ?」
「そうです」
「俺潔癖症で見ず知らずの人の使いたくないんだ」
「え?!」
「だから気持ちだけ頂くね」
「そ、そうなんですか?」
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