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獲物 1

2年前――――。 向田孝市。 大手製薬会社の跡取りであり、現副社長を務めるこの男には、誰にも言えない秘密があった。 少年愛好家。 年若い少年に、性的興奮を覚えるのだ。 35才にして副社長の地位を手にいれ、更に次期社長も約束されている向田に言い寄る女性は数多いた。何人かと付き合ってみたものの、真に向田の興味を奪うものはなく、その付き合いも持続しなかった。 が、物腰が柔らかく、見た目もスマートな向田の人気は社内外で高く、共寝するには困らない状況であったため、常に身体の関係だけの相手はいた。 女性とのセックスも、それなりに興奮するし、柔らかい肉感的な肌を抱くのも嫌いではなかったが、何かが違うと、いつも感じていた。 やはり自分はゲイなのかと、一度、出会い系サイトを通じて高校生の男の子を抱いてみたことがある。 高校生の男児を組み敷いているという背徳感に、初めは強い高揚感を抱いたが、思っていた程の性的興奮は得られなかった。 写真を吟味したおかげか見た目は悪くなかったが、高校生の癖にヤニ臭く、髪の毛は金髪に近いような茶髪で、痛んでいた。 根本の黒いそれには滑らかさも柔らかさもなく、ゴワついていた。 ウリに慣れているのか、抱くと女の様に乱れて、何度も射精していたが、相手が乱れれば乱れる程に、向田はどこか冷めていった。 約束の3万を渡し、ホテル代も払ってやって帰ろうとすると、携帯の連絡先を渡された。 いわく、こんなに良かったのは初めて。お金はいらないからまた遊ぼうと。 ありがとう、と笑顔で連絡先を受けとると、また連絡する等と嘯いて別れた。 向田は彼に連絡する気などなかった。 長年自分の中でも否定したいと思っていた少年に性的興奮を覚えると言う性質は、彼を組み敷いた時に感じた高揚感に裏付けられ、否定できないものとなってしまった。 だが、彼じゃない。 自分を真に夢中にさせてくれるのは。 もっと純粋で、清らかな存在だ。 幼い頃から、欲しい物は何でも手にいれてきた向田は、成人してからというもの、生きるのに必要でない何かを自ら欲するということが極端なほど少なくなっていた。 だが、人間には何かを求め、そして満たしたいという欲求がある。物欲、所有欲、そして性欲。 これまで長年自ら満たそうとしていなかったその欲求を、今、満たそう。 向田の狩りが始まった。 * 向田は、夜の街を徘徊するような少年には興味を持てない。 そのため、狩りは日中だ。 仕事が休みの日に、街に出て、好みの少年がいないか物色する。 まぁまぁかわいいと思えるターゲットも見つかりはしたが、決定打がない。 妥協はしたくない。 向田は完璧主義者だ。 ターゲットとは、ただ一発やって終わりにするつもりはないのだから。 言うなればこれは向田の生涯の伴侶探しの様なものなのだ。 ターゲットを決めたら、その背景を調べあげて、綿密に立てた計画の中で追い込み、見えない鎖でがんじがらめにして、手中に納める。 身体も心も我が物にして、鳥かごの中で飼ってやるのだ。 * 向田の狩りと言う名の伴侶探しは、3ヶ月目を迎え、7月も終わりにさしかかっていた。 ミーンミーンと鳴く蝉の声が、暑苦しさに拍車をかける。 額からじわりと滲んだ汗をぬぐいながら駅の外壁に設置された温度計を見上げる。 まだ午前中だというのに、30.7℃。 街行く少年達の服装が軽装になり、身体の形が分かりやすいのはいいが、こう暑いと、そう長く街をぶらつくことも出来ないだろう。 世の学生たちはもう夏休みなのだろう。街には普段よりも子供たちが溢れていた。 とりあえず涼を求めて駅構内に入ると、隣接の総合体育館にいつもよりも人が流れて行っていることに気がついた。 向田の横を、中学生くらいの女子が、友達と楽しそうに話しながら体育館の方に向かっていく。 何かの応援か、メガホンとタオルを持っている。 「青木くん、今日も活躍間違いなしだよねー!」 「椎名先輩も、絶対活躍するね!」 どっちがMVPとるかなー? 早く見たいー! きゃー! …。 好きな男子が試合にでも出るのか、女の子たちは興奮に顔を赤らめてきゃーきゃー喚きながら話している。 好きな男子、か。 ゴツいスポーツマンに興味はないが、女の子達に騒がれるのがどんな男なのか、少し見てみたい気はした。 こんな暑い日は、室内で物色する方がいいし、一目見てみるか。 そんな軽い気持ちで、向田は総合体育館に足を向けた。 〔東京都中学生総合体育大会バスケットボール大会〕 体育館内に高く掲げられた横断幕を見て、向田はため息をついた。 向田の中でのバスケット部の印象は、デカイ、ゴツい。 華奢で中性的なタイプを好む向田にとっては、最早興味はないといった感じだった。 今はまだ試合前のウォーミングアップの時間の様で、普段は上げられているバスケットリングが2組下げられ、それぞれの下に白いユニフォームのチーム、青いユニフォームのチームが陣取って、ゴールに向かってボールを投げている。 それぞれのチームの選手の顔、身体つきを一応チェックしてみたものの、やはりというか、目ぼしいと思われるターゲットは見つからなかった。 試合を見るまでもないか、と座ったばかりの観客席から腰を上げようとしたその時、 キャー! という甲高い大歓声が起こった。 何事かと彼女らが熱視線を向けている方を見てみると、青いユニフォームのチームに、先ほどチェックした時にはいなかった顔が。 「椎名くーん!こっち向いてー!」 「青木くーん!がんばってー!」 女の子が悲鳴のような絶叫を挙げるのが理解できる、非常に整った顔をした二人だった。 其処此処から飛ぶ声援に、少し恥ずかしそうに戸惑っている少年が一人。 スポーツマンとしては少し長めの、でも清潔感のある黒髪に大きな黒目がちの目。鼻は小さくすっと通っていて、桜色の唇が困ったように曲がっている。 身長は170㎝くらいか?周りが大きいのと、身体の作りが華奢なため小さく見えるが、この年齢の平均よりは高いのではないだろうか。バスケは室内競技なので日に焼けないのか、雪のように白い肌に、長くて華奢な手足。少年特有の未発達な青さがある。 対称的に、そんな声援も何処吹く風と言った感じに受け流し、完全に無視している少年が一人。 こちらも少し長めの、艶のある黒髪に切れ長の目。しっかりとした鼻梁が通るきれいな形の鼻に、凛々しい口元。 こちらも色白だが、ある程度は焼けている。 身長はこちらも170㎝くらいで、前者の子よりも少しだけ高く、身体の作りもしっかりしているが、スポーツマン特有のゴツゴツとした感じはなく、モデルのようなスラリとした体型だ。 女の子の話に聞き耳を立てて二人の情報を総合すると、前者が椎名くんで、後者が青木くん。 椎名くんの事は「椎名先輩」と呼ぶ子もいるため、おそらく2年か3年。青木くんは、1年だろう。 向田が興味を持ったのは、『椎名くん』の方だ。 理想よりも少し身長が高いが、その他はドンピシャだ。 華奢な身体つきに、人形のように整った中性的な顔。女のそれのように、甘いばかりではなく、凛々しさと美しさに加え、触れたら壊してしまいそうな脆さと繊細さも兼ね備えている。 これまで見つけてきたターゲットの中でも、断トツに美しい。 もう少し観察してみることとしようか。

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