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獲物 3

試合は、あっけない程あっさりと緑葉中が勝利を納めて終了した。 前半、変な力が入りすぎていて活躍の機会を逃した紫音も、後半は人が変わったかのように伸びやかに動き、春との見事な連携プレーをいくつも見せて、相手チームを圧倒した。 春と紫音、二人の人気者の活躍は体育館内のボルテージを上げ、これまで二人のファンではなかった者たちをも魅了した。 女子だけでなく、男子からも、多くの憧れの視線を向けられていた。 ただ、一部の男子から春に向けられる視線は、憧れだけでない何かも含まれていることを、同じ穴の狢である向田は気づいていた。 その視線は、観客席からだけではない。春のチームメイトの一部も、熱のこもった目で春を見ていたし、共に活躍したあの青木という選手も…。 今後、あの男の存在が邪魔にならなければいいが…。 試合終了後に慌ただしく東京都の最優秀選手――MVPの発表があり、春が壇上に呼ばれた。 大きな拍手と歓声に、花が綻ぶような控えめな笑みで答え、楯を受けとると、綺麗に一礼して壇上から去っていく。 その謙虚で品のある控えめな姿に、向田はより一層の欲情を覚えた。 彼に関する新たな情報も得られた。 学年は2年で、名前は椎名しゅん。 しゅん、しゅん…か…。 向田は頭の中で春の名前を何度か呟き、舌なめずりをした。 そして、悪魔のような不気味な微笑みを浮かべ、ふざけたチームメイトに揉みくちゃにされている春を見つめた。 * 「今日の試合、素晴らしかったね。君たち、あのMVP君の知り合い?」 春に関する情報が少しでも欲しい向田は、春のファンであると思われた女の子に、邪気のない笑みを浮かべて話しかける。 向田自身も端正な顔立ちをしているので、爽やかな笑顔を向けられた女子は、顔を赤らめ、恥ずかしそうにしながら答える。 「あの、私たち、緑葉中の生徒ですから、試合の応援に来たんです」 「MVPの椎名くんとは、同じ学年だけど、クラスが違うから、あまり話したことはないんですけど…」 隣に座っていた女の子も混じってくれた。 学年が同じとは、ついている。 「いやー、おじさん、今日ですっかり椎名くんのファンになっちゃったよ。おじさんの知り合いに、バスケのスカウトマンをしている人がいてね、その人に彼の事を話したいから、少し彼の事を知りたいんだけど…」 初めは少し不振がっていた彼女たちも、この話を聞くとパァっと表情が華やいだ。 自分の好きな男が世間に認められた様で嬉しいのか、単純に彼の出世に関われることが嬉しいのか、こちらから聞くまでもなく彼に関する情報を教えてくれた。 名前は椎名春。はると書いてしゅんと読ませるのは、少し珍しい。 誕生日は4月20日。 バスケ歴は小学生から。 中学校入学までは他県にいたようで、殆どの生徒が小学校からエスカレーター式に入学する中、異質な春は初めから目立つ存在だったと言う。 見た目のよさからなまじ女子に騒がれるため、初めは男子からやっかみの視線を向けられていたが、綺麗な外見を鼻にかけていない自然体な所や、誰に対しても公平に接する優しさ、ノリの良さや、意外に少年らしいイタズラっぽい所もあること等、持ち前の性格の良さに皆気がつき、自然と打ち解けて行ったとのこと。 バスケが一番うまいのは勿論だが、他のスポーツも何でも難なくこなし、球技大会や運動会では引っ張りだこなのだとか。 バスケの朝練、放課後の練習も真面目に参加していて、1年時からレギュラー入りしている。部活後の自主連も欠かさず行い、最近ではよく1年の青木くんと遅くまで1on1をしている。部員からは練習の虫とからかわれているとのこと。 女子には非常にモテるが、過去も現在も付き合っている相手はいない。告白した女子は決まって「今はバスケに集中したいから」と断られているという。 女にも穢されていないようで、よかった。 ここまで女の子達が勝手に話してくれるのを聞いて、特に深く掘り下げたかったのは、青木のこと。あの男は要注意人物に見える。今日見た春のチームメイトの中では一番距離が近いように思えたのだ。 「青木くんって、一緒に試合に出てた子だよね?」 「そうです。青木くんもすごく上手くて、ファンが多いんですけど、私たちは椎名くんのファンだからよく知らなくて…」 女の子が申し訳なさそうに言う。 フルネームを確認し、青木紫音と教えてもらう。 これ以上この子達から得られる話はないか。 腰を上げようとした向田だったが、女の子二人が興味深い話を始めたので動きを止めた。 「そう言えば、青木くんって、冷たくて怖くい人って噂あったよね?」 「あー、そういえば。でも、実際全然そんな感じに見えないよね?」 「椎名くんといる時は結構ニコニコしてるもんね。でも、そうじゃないときはやっぱり、少し近寄りがたいとこあるみたいだよ」 「私達、椎名くんと一緒にいる青木くんしか知らないから、なんか想像つかないね」 「ねー!…あ、そういえばこないだの店のさぁ……」 青木紫音。やはり春を狙っているのか…? もう少し詳しく突っ込みたかったが、 女の子の話題が他に逸れてしまったので、今度こそ会釈して席を立つ。女の子達が「椎名くんをよろしくお願いします」と言うのを背中で聞いて、一瞬何の事かと考えたが、すぐにスカウトのことだと合点する。 任せておけ。春は、おじさんが責任もってかわいがってやるから。 向田は心の中だけで言うとほくそ笑んだ。 * 向田は体育館を出て、入り口で春が出てくるのを待つことにした。 待っている間、懇意にしている興信所に電話をかけ、春について調べるよう依頼する。 家族構成、素行、両親の仕事など、調べうる限りの情報を集めるよう伝えた。社長は相変わらず無理を言うねぇ、と笑う相手に、結果はなるべく早く頼むと更に追い込んで電話を切る。 この興信所の所長の坂田は、仕事は早く正確だが、下世話で金にがめつい。 向田はまだ副社長だが、次期社長を約束されている為、それを見越して媚を売ってくるのだ。 貧乏人の典型だと見下しているが、坂田以上の仕事をする探偵は他に知らないので、なんだかんだでいつも利用している。 向田のいる体育館入り口には、向田が来る前から何組かの女子が立っていた。 夏休みだろうに、応援は制服でと学校から言われているのか、皆制服を着用している。 そして、その人数がどんどん増えてきている。 まさか出待ちか? 制服の種類はざっと数えても5種類以上あり、今日試合した中学以外の生徒も混じっている様だった。 誰の出待ちかなんてことは、想像に難くない。 ここにいる、少なくとも半数の目当ては、向田と同じだろう。 この人数の女子のなかに男が一人いたら、さすがに目立つだろう。 向田は、駅の方に来ると予測を立てて、体育館と駅を繋ぐ道の途中で待つことにした。 ちょうど待ち合わせにも使われるようなモニュメントがあったため、その前に立つ。

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