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暗雲 11

銀髪に碧い瞳の春は、言葉にできない程美しかった。 じっとこちらを見つめ、微笑まれると、自制心をかなぐり捨てて、その場で抱きすくめ、その甘い唇に濃厚な口づけをしたくなる。そしてその先も…。 まだ、無理矢理事に及ぶ訳にはいかない。 向田は自分を抑えられなくなるのを恐れ、微笑む春から目を逸らし、春を伴って部屋を出た。 昨夜春の身体の一部を知った向田の欲望は、収まるどころか増幅し続けていた。 甘い甘い蜜のような身体だった…。 思い出すだけで身体が疼いてしまう。 本来の姿となった春とワンダーランドを見て回る。 軽食をとった後、あまり時間がないため、アトラクションには並ばず、デートするようにゆっくり歩いてその雰囲気を楽しんだ。 この日の春はジーンズとTシャツにパーカーを羽織っていて、ボーイッシュな格好の女の子にも見えた。 春の銀髪は、ウィッグの髪型よりも長めで、前髪の毛先が顎にかかる位あり、女の子のワンレンボブの様に見える。 「あの子見て!ハーフ?すっげかわいくね?」 「芸能人だったりして!」 「男連れじゃなかったら絶対ナンパしたわー」 「目の保養~」 周囲でこんな会話が繰り広げられることもしばしば。 美人は大人っぽく見える。誰も春が中学生とは思わない様だ。皆、俺を彼氏だと思っている。 向田は、周囲が羨む絶世の美女を連れて歩く優越感に心高ぶらせた。 さりげなく春の腰に手を回す。 ちょうど足場の悪い所であった為、気遣われたと思ったらしい春は、少し戸惑った顔でこちらを見上げてきたが嫌がらなかった。 周囲からの羨望の視線が心地いい。 これは、俺のものだ。 明日は学校である春の為、17時半にはワンダーランドを出た。 東京に入ったのは19時頃で、夕飯をとるために、以前春と入った焼き肉店に入った。 予約した個室は奥まった所にあり、部屋に向かう途中で相変わらず春は注目を集めた。 一般席の下品な酔っぱらい客が口笛を吹き、かわいいとか綺麗だという囁きがあちこちの席から上がる。 春は慣れているのか、気にする素振りもなかった。 もしかしたら、通常女に対してされる筈の誂いや囁きが、よもや自分に向けられているなんて思っていないのかもしれない。 春の体調は、本人も言うように完全に良くなっていた様で、元々量はあまり食べないが、食欲も旺盛だった。 あの頭痛は、通常1回に1錠である筈の睡眠薬を2錠使った為の副作用だったのだろう。 楽しそうな春を見ながら思う。 今日で最後か…。 この先、こんなに多くの時間を春と二人きりで共有できる事は、暫くないだろう。 次に春と濃厚な接触を持つ時には、こんな風に素直な、信用しきった眼差しを向けられることは恐らくないし、こんな風に笑いかけてもくれないかもしれない。 それでも―――。 それでも俺は春が欲しい。 例えどんな目で見られようと、春の全てを手に入れる。 それが俺の一番の望みなのだから。 * * 焼き肉店を出て、車で春の自宅に向かう。 本当は、帰したくない。 先程まで元気だった春も、心なしか寂しそうに見える。 そんな風に思っていた時、春が口を開いた。 「向田さん。ワンダーランドも、この1ヶ月の事も、本当にありがとうございました」 「俺も、本当に楽しかった。今日で終わってしまうなんて、寂しいよ」 春も同じ事を思っていた様で、少し嬉しそうなはにかんだ顔をこちらに向けた。 「俺、実を言うと初めは気乗りしてなかったんです。でも、いつの間にかすごく楽しみになってて。俺も、寂しいです」 「春くんにそう言って貰えて、心から嬉しいよ」 向田は、可愛らしい春の反応と言葉に、無性にキスがしたくなったが、運転に集中することで気を逸らした。 春はその後も何度も感謝の言葉を口にし、その綺麗な瞳でこちらを見て微笑むので、向田は自制心を保つのに必死だった。 遂に春の自宅前に到着し、別れの時間がやってきた。 「向田さん」 車を降りる前に春がじっとこちらを見つめた。 何か、勘違いしてしまいそうになる視線だ。 「俺、やっぱり向田さんに何かお礼をしないと気が済みません。今は、何をすれば向田さんに喜んでもらえるか思いつかないけど…いつかきっと、お礼させて下さい」 「春くんが俺を喜ばせるなんて、簡単なことだよ。でも、まぁそれはいつかの楽しみにしておこう。いつか、きっとだね?」 「はい!約束です」 春は向田が素直に礼を受けると言ったことで嬉しそうに笑った。 向田が何を差しているのかも知らず…。 春は嬉しそうな笑顔のまま、それじゃあおやすみなさい、と車を降りていった。階段を上った所でもう一度振り返り、軽く頭を下げて、エントランスの中に姿を消した。

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