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捕縛 23

「2日間すごく幸せだったね」 マンションの前で車を止めた向田が、助手席に座る春に覆い被さりながらまるで恋人の様に甘い声色で言ってキスをしてくる。 「ああ、離れたくない。毎日、四六時中春と一緒にいられたらいいのに」 己も枯れる程春と濃密な2日間を過ごした向田は、まさに心も体も満足していた。 こんなに下げた事はないという程目尻を下げ、こんな声出した事ないというくらい甘い声色を使った。 「ベッドの上での春は本当に可愛かった…」 いつもベッドの上で嫌そうな素振りを隠しもしない春だが、この旅行では一晩中何度も身体を交える内、やがて無言の拒絶すらしなくなった。 圧し殺した様な喘ぎ声を上げる春に切なく潤んだ瞳で見つめられる度に、向田は誤解しそうになる。自分と春は相思相愛で、春は喜んで自分を受け入れているのだと。 何度も続けたキスをようやくやめて顔を離すと、春は間髪入れずにドアに手を伸ばした。 その態度はとても自分を愛しているものではなく、セックスの最中に感じていたあれが間違い様もなく勘違いであったのだと思い知らされるのだが、その予兆はホテルを出た直後から今までに何度も感じていたので、向田にとっては今さらだ。 だから、その程度の事で落胆はしない。自分の思い通りに行かない事に対する苛立ちは、全くないと言えば嘘になるが。 「春、デートのマナーがなってない。そんなに慌てて降りるものじゃない。普通は少し、余韻に浸るものだ」 春は相変わらずしかめ面だったが、反論はせずにドアハンドルから手を離した。あとほんのもう少しの我慢で解放されるのだから、変に向田の機嫌を損ねたくなかったのかもしれない。 「この旅行で何回セックスしたかな?数えきれないな。春が女だったら、妊娠させてたかもね。いや、昨日や今日だけじゃなく毎日してるんだから、間違いなく妊娠しちゃうよね」 向田がニヤニヤしながら言うと、春は俯いた。 向田は嬉々として口撃を続ける。 「そう言えば春の母親が春を妊娠したのも、今の春くらいの年の頃だな。拓弥と桜も、いっぱい愛し合ったんだろうね、俺たちみたいに…」 「やめろ…」 「どうして?桜と拓弥が沢山愛し合ったおかげで春が産まれたんだ。俺は二人に感謝してるんだよ。そう言えば、桜はいつ処女を失ったんだろうね?春よりも早かったかな?まあ、春にそっくりな容姿の女が放っておかれる訳ないから、中学入ってすぐって所かな」 春の苦虫を噛み潰した様な表情が向田には愉快で堪らない。 嫌悪感丸出しの表情には静かな怒りさえ垣間見える。 春は自分の事よりも、親を貶められる方が不快らしい。 優等生の春らしい事だが……俺は春自身を辱しめる方が何倍も楽しいよ。 「俺だってもっと早く春と出会っていれば、桜に負けないくらい早い時期に処女を散らしてあげたんだけどね。今よりももっと幼くて小さい春はさぞ可愛かったろうな」 「………」 「あぁ、不安にさせたか?大丈夫、俺が愛しているのは今の春だよ。美しくて未成熟で可愛くて淫乱な春が大好きだよ。だから安心していていいよ」 「………」 「話は戻るけど、桜の初めてのお相手は拓弥かな?どっちにしても拓弥はハラハラし通しだったろうな。あれだけの美人、いつ誰に盗られるか分からないもんな。桜が孕んだのは、二人がセックスしまくってたってだけじゃなくて、拓弥の確信犯だろうな。桜を自分だけの物にするために、妊娠させたんだ。だって孕ませるのは、一番完璧なマーキングだと思わないか?」 「もう、聞きたくない……」 これ以上の侮辱はとても耐えきれないといった風に耳を塞いだ春の耳元に向田は口を近づけ、一番言いたかった言葉を囁いた。 「俺も春を孕ませたいんだよ」 あまりにおぞましくて、目を瞠って固まった春の両手を向田がとって、春の膝の上におろした。 「なぁ、春。お前を何度抱いても、全然足りないんだ。だからね、既成事実が作れるなら何だってしたい。残念だよ、お前を孕ませられなくて」 そっと握っていた春の両手が、確実な意思を持って向田の手の下から抜け出した。 ―――絶対的な拒絶。 強く握っていなければ、春はこうも容易く、当たり前の様に自分から逃げて行ってしまう。 手綱を緩めれば、緩めた分だけ春は俺から離れて行ってしまう。 そんな春が時に酷く憎らしく思える。 こんなに愛しているのに、どうして分かってくれないんだ、と。 「来週の土曜日は引っ越しだから、荷造りしておきなさい」 向田は逃げた春の両手を今度は痛いくらい強く握った。 春は、手を握られた事よりも言われたセリフに強い関心があった様だ。目を丸くして向田を見上げてきた。 「引っ越し…?」 そのビー玉の様な真ん丸の瞳が、純粋な疑念だけを含んでいたのはほんの一瞬だった。その一瞬の後にすぐに警戒心が表れ、見開かれていた目は何かを探るように眇められる。 引っ越しは、もう少し手懐けてからでも遅くはないと思っていたが―――。 春は全くと言っていい程俺に気を許していない。心を傾けていない。 春が好きなワンダーランドに連れていっても、いい部屋をとっても、いい食事を用意しても、どんなに気持ちのいいセックスをしてやっても、春の心は落ちてこない。 身体をすっかり女のそれに変えてやったというのに、それでも。 このままの状態で甘やかし続けても、春は俺になびかないだろう。 もっと手綱をきつくしなければ。 がんじがらめにして、逃げる事などできないと分からせなければ。 「そう、引っ越しだ。この家は春の親が借りてる家だろう。もう春は俺の妻なんだから、ちゃんと夫である俺が用意した部屋に住まわないと」 「そんなの嫌だ!俺の家はここだ!」 案の定、春は強く反発してきた。 セックスの最中はあんなにトロトロに溶けさせていた身体を強張らせ、全身で俺を拒絶するように……。 「これは決定事項だ。一応言っておくけど、逃げたりしたらどうなるかわかっているよな?」 向田は、春の反発に対して恫喝はしなかったが、笑顔で脅迫をした。 怒鳴り散らして黙らせるよりも、自ら諦め黙ることを選ばせた方が、春に深いダメージを与えられると思ったからだ。 小憎たらしい春への意趣返しだ。 向田の思惑通り、春は唇を噛み締めて俯いた。 向田は手を伸ばし、春のかみしめた唇を解すように触って、嘲笑う様に言った。 「そんなに噛むと血が出るよ?」 「………帰る」 春の声が震えている。 向田は勝ち誇った様に笑みを深めた。 「明日、業者に段ボールを持っていかせるから、荷造りしておきなさい。おやすみ、春」

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