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捕縛 28
向田にやられるだけのこの家に連れて来られて、早1ヶ月が過ぎた。
学校には、ここから通った。
電車を使わなければならなくなったが、電車と徒歩で40分ほどで着く距離だった。
向田は、前のマンションにいた頃と同じで、18時以降にやってきて、事が済めば帰っていった。
これにはいい意味で予想を裏切られて幾許かほっとした。
いつだったか、向田が言った。
「本当は俺もここに、春と一緒に住みたいけど、春を手に入れる為に結婚した書類だけの妻がいるんだ。だから、一緒には住めない」
茜さんの事だと思った。
向田を交えて4回食事をした、とても綺麗な女性。
向田と彼女の仲はとてもよさそうで、幸せそうに見えた。
向田にとっての本命だろう。
彼女は向田の本性を知っているのだろうか。
この、残忍で、人の心を踏みにじることしか頭に無いような本性を。
春はどんなに向田に愛していると囁かれても、自分は異常に執着されて弄ばれているだけだとしか思わなかった。
本当に愛している相手に、こんなひどい仕打ちをする人間がいる筈ないと思っていたからだ。
本命がいるのだから、早く俺で遊ぶのに飽きてくれ。そう祈り続けていた。
*
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今日は12月22日。2学期の終業式だった。
春の学校では、3年生は3学期からは自由登校になる。
学校でも講習は開催されるが、塾等に通う生徒は、全く登校しなくなる。
受験の必要ない春だったが、学校の講習には参加しようと思っていた。
元々勉強は嫌いではないし、何よりもあのマンションで過ごす時間はより短い方がよかった。
あそこには、未だに家具もテレビも何もない。あるのはただ大きなベッドと洗面用具と春の前の持ち込んだ必要最低限の荷物と…向田が持ち込んだ卑猥な道具だけだった。
向田はホテルで道具を使って以降、さまざまな異物を春に試した。
縛りつけられ、道具を入れられたまま放置されることもざらで、春は向田が道具の入った鞄を探り始めるだけで恐怖に震える様になった。
いい思い出など皆無のあのマンションに居ると、ともかく気が滅入った。
だから、年末年始で講習が休みの日以外は学校に通おうと考えていたのだ。
「春は、学校やっぱ来ないの?」
終業式も大掃除も終わったあと、恭哉が尋ねた。
恭哉が今の春の状態に慣れたのか、春の演技が上手くなったのか、何が要因か春にはわからなかったが、最近では恭哉が心配して詮索するという事も殆ど無くなった。
「ううん。講習に出るよ」
「そうなんだ。俺も冬休みは塾だけど、明けからは講習組。じゃあ来年また会えるな」
「うん、そうだな。…あ、そうだ、恭哉。なんか、色々心配とかかけて、ごめんな。あと、ありがとう」
「なんだよ急に」
「なんだろう。一応、今年ももう終わるし、けじめ?ちゃんと伝えておきたかったんだ」
「お前やめろよ。ユイゴンみたいだぞ」
恭哉が物凄く嫌そうな顔をしていて、少し可笑しくなってはは、と笑った。
「そうだな。ごめんごめん。また来年よろしく」
「…まぁ、お前が少し元気になったみたいでよかったよ」
少ししんみりとした空気になりそうな時に、藤本くーんお迎え、とクラスメイトの女子の楽しそうな声がかかった。
最近できた別のクラスの恭哉の彼女が鞄を持って廊下に立っていた。
恭哉はそれを認めて、おうと答えたが、まだ何か言いた気に春の前に佇んでいた。
「おむかえ」
春が少しからかうような口調で言うと、わかってるよじゃあな、と赤い顔をして教室を出ていった。
***
生徒玄関を出たとき、体育館へ続く渡り廊下を歩いていた紫音がこちらに気づいて、上履きのまま走り寄ってきた。
「ハル先輩!さっき教室行ったけど、入れ違いだったみたいで。会えてよかった」
「そっか。何かあった?」
「すぐ冬休みの講習始まるけど、一応は今日で3年生の通常登校は最後でしょ?3年間お疲れ様でした!」
紫音は一度3年の教室に来て以降、たまに教室まで顔を出すようになっていて、春が冬休みの講習も、年明けの講習も参加することは既に話してあった。
「お前、急に後輩らしくなったな」
「俺はいつも可愛い後輩じゃないですか」
「そうだな」
紫音のむくれた顔がその通りかわいくて、自然と微笑んでいた。
紫音の事を向田に知られてはならない、と春は紫音に距離を置いていたが、屈託無く話しかけてくる紫音を無視したり、無碍に扱う事まではどうしてもできず、学外で会うことや、休みの日の誘いは断ったが、学内で話しかけられた時は内面を隠して応じた。
気を抜けばすぐに紫音に縋りたくなる思いだけは必死に隠して、取り繕った表情でいつも接していた。
「あ、そうだ先輩!今年もバスケ部の彼女いない連中らで、24日集まりますけど、ハル先輩も行きますよね?」
24日。クリスマスイブだ。
引退した3年も含めて一人者の部員皆で集まることが恒例となっていた。
まだ中学生で彼女持ちの方が少ないので、かなりの大所帯になる。
そんな大所帯が集まれる場所は限られるので、結局体育館を借りて、皆でバスケをするのだ。
その後、ファミレスでご飯を食べて、解散。
去年は春も参加した。
初めはふざけながら始まったバスケの試合形式の遊びも、結局皆バスケバカで負けす嫌いなので、いつの間にか真剣になって、汗だくになって楽しんだ。
ファミレスで適当にダベった後は、家に帰って両親と小さなクリスマスケーキを囲んで、くだらないクリスマス特番を見て笑った。
幸せだったな…。
「いや、今年は家族と過ごすから、俺はパス」
「そうですか…」
紫音は目に見えてしゅんと沈んだので、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
紫音は、練習試合に来ないかとか、1on1に付き合って欲しい、買い物に付き合って欲しい、など何かと春を遊びに連れ出そうと誘ってくれたが、春は不自然なくらい全部断った。
いい加減愛想つかされるだろうと思ったが、紫音はめげずに何度も声をかけてくれていた。
「あ、じゃあ、初詣は?」
「ごめん、忙しい」
「そっか…」
紫音の沈んだ顔を見るのは辛い。
俺だって、本当は紫音と一緒にいたいのに…。
「おい紫音!お前まだ着替えてないの?もう練習始めるぞ!」
紫音の相棒である現副キャプテンが紫音を見つけて渡り廊下から大声で呼び掛けた。
「じゃあ、練習がんばれよ」
春は自分の切ない気持ちも振りきるように言った。
「ハル先輩、また!」
紫音が駆け出して行くのを見送って、春も学校を後にした。
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