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鳥籠 2
3学期が始まって1週間後。
米田から、春が一番仲良くしていたのは藤本というクラスメイトだと聞いて、昼休みに3‐Aを訪ねた。
廊下側の席に座っていた生徒に呼び出して貰うと、背の高い顔も雰囲気もこざっぱりとした男がこちらを認めて近づいてきた。
「藤本先輩ですか?あの、俺…」
「青木紫音くんだろ?春をよく訪ねてきてた」
「あ、はい。その、ハ…春先輩のことなんですけど」
「ハルでわかるよ。春に聞いてるから」
「…はい。ハル先輩のこと、何か知りませんか?冬休みも、その後も、講習に出るって言ってたのに、1日も来てないし、最近様子もおかしかった気がするし…」
藤本は、立ち話もなんだから、と紫音を誘って、二人は屋上まで移動した。
屋上に着いてすぐ、藤本は話し始めた。
「春のことは、俺もずっと気になってた。講習、全然来ないから心配して何回か家に行ったんだけど、全く捕まらないし…。あいつ、携帯も新しいの買おうとしないから、どこで何してるか俺にも全然わからないんだ。逆にお前に教えて欲しいくらいだよ」
「そう…ですか。俺も、何も知らないんです。家にも何回か行きましたし、家電にも何度もかけましたけど、いつかけても出ないんです。早朝でも、深夜でも。まるで、そこに住んでないみたいに、全然応答がなくて…」
「そっか…。……案外、本当にあそこには住んでないのかも」
藤本が少し明るい調子で言った。
「え?どういうことですか?」
「ほら、春の両親今ドイツだろ?春も寂しいって言ってたから、冬休みにドイツに遊びに行って、そのまま帰ってきたくなくなったのかもなって」
なんだって?
両親がドイツ?
紫音は混乱していた。ついこの間のイブも、家族と過ごすって断られたし、その他にもたくさん家族を理由に断られている。初めて言われたのは…そう、白水中との練習試合だ。あの時もハル先輩は家に全く居なくて、家族旅行に出てたって…。
「親がドイツって…それ、いつからですか?」
「聞いてなかった?確か…文化祭の次の週だったと思う。あいつ、見送りのために学校休んだんだ。
…そう言えば、その次の日あいつ無断欠席してさ。携帯通じないから家に様子見に行ったんだけど、真っ青通り越して真っ白な顔色してて。
その日からだ。あいつがおかしくなったのは。」
「文化祭…」
文化祭の1週間後ということは、10月中…。
俺が練習試合に誘ったのは11月頭か中頃だったはず。もう両親はいなかった筈なのに、なんであんな嘘を?
だったらあの土日、ハル先輩は一体どこに…?
それに、藤本先輩が家を訪ねたその日、一体ハル先輩に何があったんだ…?
***
「おい、青木…?」
暫く黙って考え込んでしまっていたらしい。藤本が大丈夫か?と聞いてくる。
「すいません…。あの、ハル先輩、その時なんて…?」
「体調が悪いって。その時はちょっと他にも驚くことがあって動揺してたから納得して帰ったんだけど、その後もあいつずっとあの調子だろ?だから聞いたら、『両親がいなくて寂しい』って」
驚く事とは何だったのだろうかと少し気になったが、疑問を挟む暇なく藤本は続けた。
「春のあの様子は、親恋しさだけじゃないと思ったけど、無理矢理納得させた。あんまり言っても逆効果かと思ったから、あいつが話してくれるのを待つことにしたんだ。なのに、こんな、いなくなるなんて…」
藤本は声を詰まらせたが、すぐに気を取り直した様に言った。
「2学期の終業式の日、あいつ俺に今までありがとうとか言いやがってさ。なんか、嫌な予感はしてたんだ。
だから、たまに思うよ。あいつは、自分からいなくなったんじゃないかって」
そして、まるで自分に言い聞かせるみたいに言った。
「俺は、あいつはドイツにいるんだろうと思うことにしてる。薄情だと思われるかもしれないけど、そう思わなきゃ、やってられない。もうすぐ受験もあるし、あいつのことばかり考えてる訳にもいかないから…」
3年生の藤本にとって、この時期は正念場だ。どんなに仲がよかったとは言え、そのことばかりにかまけていられないのは、正直な所だろう。
でも、俺は…。
「俺は…。ハル先輩は、俺らに心配かけることわかってるのに、何も言わないで自分から姿を消すような人じゃないって思います。
だから、捜し続けます。何か分かったら連絡するので、藤本先輩は、受験に集中してください。きっとその方がハル先輩も喜ぶ」
「青木…。すまない。助かるよ。
…そうだな。春はそんな人間じゃない。春を頼むな」
真っ直ぐで真剣な目で見つめられた。
この人は、米田先輩達とは違う。ハル先輩を心から想い、心配している。きっと、ハル先輩も藤本先輩には心の内を見せていたんだろう。
ちょうど予鈴が鳴って、二人は連絡先を交換して、別れた。
ハル先輩、俺がきっと、見つけ出してみせますから。
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