62 / 109

鳥籠 8

逃げるように早退してきたのはいいが、ベッドしかないマンションでは何もすることがなく、リビングの床に座り込んで掃き出し窓から見える空をただただ眺めて過ごした。 空の色が、青色からオレンジ色に変わった。そして、建物の奥へと沈んでいく太陽を見ていると、自分のどん底だと思っていた気分も、更に沈んでいく様な気がして、立てた膝の上に頭をせて目を閉じた。 どれくらいそうしていただろう。 途中で意識が途切れた様な気がするので、眠っていたのかもしれない。 が、すっきりするどころか鬱々とした気分は身体中に広がり、まるで自分の周りにどんよりと濁った空気が纏わりついている様だった。 外はすっかり暗くなっていて、カーテンを閉めて電気を点けなければと考えていると、玄関の方から物音が聞こえた。 ギクリと固まっている内にリビングのドアが開いて、電気が点灯する。 「どうした、春。電気も点けないで」 眩しくて目を細めていると、もう目の前に向田がいた。 「連休中はずっと一緒だったのに、今日は俺がいないから寂しかったんだろ?俺も一緒だよ。春の事を考えると身体が疼いて仕方がなくてね」 座ったままの春に、向田が覆い被さり顎を持ち上げて啄むようなキスをした。 「今すぐ抱いてあげたいけど、まずは腹ごしらえだね。出掛けるから、着替えて来なさい」 春の身体は動かなかった。また、外で恋人の様な真似をさせられる…。 嫌だ…いやだ…。 「どうした?早くしなさい」 春は意を決した様に向田を見上げた。 「今日は、行きたくない」 「春がわがまま言うなんてめずらしいね。何かあったの?」 「…何もないけど、行きたくない」 あの写真の事は、向田に知られない方がいいと思った。 俺が嫌がることしかしないこの男に知られたら、きっともっとひどいことになる。 「わがままはよくないよ。俺が行きたいって言ってるんだから、春は黙って着いてくるんだ。妻とはそういうものだぞ。さぁ、早く着替えて来なさい」 もうだめだ。 俺の意思なんてこいつの前ではあってないようなものなんだ…。 春は諦めた様に俯いた後、立ち上がりとぼとぼと寝室に向かった。 *** クローゼットの中には、向田が買ってきた服と制服しかかかっていない。 細身のパンツや、腰の辺りがタイトめなシャツなど、自分では決して選ばないような女でも通用するような服ばかりだ。 俺にこんな格好をさせて、何が楽しいんだか…。 中でも一番マシな、シンプルで緩めなパンツとシャツに着替えて、向田と共にマンションを後にした。 店の前の駐車場で車を降りるとすぐにいつもの様に向田に手を握られた。 学校で見たあの写真の自分達の姿がすぐに脳裏を過り、咄嗟に手を振り払ってしまった。 「あ…」 「…春。どういうつもりだ?」 向田の声色がいつになく低い。怒っている。 どんな顔をしているのか、恐ろしくて確認できない。 「来なさい」 向田に再び手を取られ、引っ張られる様に店に入った。 程なくして個室に案内されると、向田がスタッフに言った。 「こちらから呼ぶまで誰も部屋に入れるな」 相手は承諾の意を伝えると、しっかり扉を閉めて出ていった。 座敷の個室に向田と二人になった。 春は下げたままだった視線を恐る恐る上げる。 こちらをじっと見つめる冷たい視線とかち合い、背中に冷や汗が伝った。 「春。まさか、学校で好きな男ができたんじゃないだろうな?」 「そ…んな、そんなのいない」 「じゃあ、何なんだ今日の態度は」 「…ごめんなさい」 「ごめんなさいじゃ駄目だな。春は誰が好きか言ってみて」 「俺は……」 何を求められているのかはわかる。でも、言いたくない。 「言えないの?…春、学校辞める?」 「なんで!それとこれとは関係ない!」 「関係大有りだ。春は学校に入ってからまた俺に生意気な口を聞くようになったじゃないか。今日なんか、外でもあんな態度をとって、俺に恥をかかせた。学校を辞めれば、また元のかわいい春に戻るだろ?」 だめだ。学校だけは奪われちゃだめだ。 今日はあんな事があって逃げ出してしまったが、それでもあそこは俺の避難所だ。学校があるから、向田と離れることができた。 勉強という生きる希望だってそのお陰で見つけられた。 あの場所がなくなったら、また俺は廃人みたくなって、この男に飼われるだけになる。あんなのはもう絶対に嫌だ。 「ごめんなさい!ちゃんとするから、学校には行かせて!」 「じゃあ言えるよね?春が愛してるのは誰?」 「……こういちさん」 「ちゃんと言って」 「孝市さんを愛してる!」 「そうか。じゃあ、脱いで」 向田は口元をにっこり歪ませて、残酷なことを言った。 春は一瞬耳を疑ったが、向田は笑みを浮かべたままじっとこちらを見ている。 「そんな、こんな所で、無理だ…」 「そうだね。ここはいつ人が来るかわからない。けど、俺への愛を態度で示してよ」 *** 口元を歪めたままこちらをじっと見るだけの向田に、マンションまで待って欲しいと何度も懇願したが、向田は首を縦には振らなかった。 それどころか、今ここで愛を示せないのなら、学校は辞めてもらうしかないと更に脅しを重ねられた。 諦めた春は、震える指先でシャツのボタンを、そしてズボンのベルトを外し、あられもない姿を向田の前に晒した。 自分の身体を両手で必死に隠して座り込む春に、向田が更に残酷な命令を下した。 「オナニーして見せて」 「っやだよ!そんなの、できない!」 春は悔しさと恥ずかしさと情けなさとで感情がぐちゃぐちゃになり、涙をポロポロと溢した。 「できるよ。学校、辞めたくないんだろ?」 座り込む春の前に屈んだ向田が、春の両足をMの形に開かせた。 「さぁほら、早く」 更に手を取られ、自分の物を無理矢理掴まされる。 春はされるがまま、ただ涙を溢して肩を震わせていた。 「手を前後に動かして」 向田に言われた通りに、握った手を動かす。自慰行為の経験のない春にとっては、自分でそこを擦るのは初めてのことだった。 初めは柔らかかったそこが、物理的な刺激で少しずつ硬くなり、大きさも増してくる。 「春の淫乱な身体は、どんなに嫌がってても気持ちよくなっちゃうんだね」 向田は鼻息荒く言うと、携帯を取り出して春に向けた。チャラーンと間抜けな音が響いて、レンズの横に赤いランプが点灯した。 「っや、やだ!撮らないで!」 「大丈夫だよ。俺しか見ないから。ほら、手が休んでるぞ」 春は唇を噛んで無心に手を動かした。 早く終われ。早く、早く…。 そんな事を考えているせいか、刺激の仕方が悪いのか、一向に終わる気配はなかった。 「春、もしかして、お尻じゃないとイけないのかな?」 カメラを構えた向田が、すごく楽しそうな声を出した。 春がブンブン首を振ると、向田が携帯を置いてすぐ目の前まで近づいた。 「イかせてあげようか?」 ニヤニヤと笑いながら春を見下ろす向田。 尚もイヤイヤと首を振る春の脇に手を差し込んで立たせると、唇で春の唇を挟み込むようなキスをした。 そのまま春の唇を舐め、口の中にも侵入する。 ちゅっとリップ音を響かせながら何度も角度を変えて、舌と舌を濃厚に絡ませあう。 すっかりと息の上がった春の身体をひっくり返し、壁に手を付かせると、唾液で濡らした指を乱暴に春の中に突き立てた。 「いッ……」 春は、痛みに上げてしまいそうになる声を、自分の手の甲を口に押し当てて必死に抑えた。 程なくして指が抜かれ、すぐにやってきた衝撃は先程の比ではなく、春は思わず押し当てた手の甲を噛んだ。 背中を強ばらせる春に構わず開始される律動に、春は悲鳴を上げないよう必死に耐えた。 「っ…ふ…う、うっ…」 春のくぐもった呻きと、向田の興奮した息遣い、そして肉がぶつかり合う音だけが狭い個室で反響している。 やがて春が何かに耐えるように首を振ると、限界を悟ったらしい向田が春の先端に手を添え、激しく腰を振った。 堪らず春は白濁を吐き出し、生じた収縮で向田からも精を搾り取った。 はぁはぁ…。 荒い息をつきながら壁伝いに床に蹲った春の身体をこちらに向かせ、向田は春の出した白濁のついた手を春に見せつけるように舐めた。 「春はお尻じゃないとイけない淫乱な身体になっちゃったんだね。春をイかせられるのは、俺だけってことだ」 向田は恍惚とした表情で言った。 春を覆ったのは絶望だった。 この身体は、そこまでおかしくなっていたのか…。 普通の人は触らない様な孔を弄らないとイけないなんて、もうそんなのただの変態じゃないか。 もしもいつか向田から解放されても、こんな身体じゃ人を愛せない。愛される筈もない。 こんな恥ずかしい身体は、朽ちて無くなってしまえばいいのに……。 その後、絶望に支配された春は、向田によって服を着せられ、やがて運ばれてきた料理を、向田の股の間に座って後ろから抱き抱えられながら食べさせられた。 料理を運ぶウェイターがチラチラと視線を寄越していたのも気付かない程にショックで何も見えていなかった。 帰りは手を繋がれたが、拒絶する気が起きるはずもなく、為されるがままだった。 マンションに帰って再び抱かれ、イかされて、自分の身体が、もう元の場所に戻ることができない程に堕とされてしまっていたのだと思い知らされた。

ともだちにシェアしよう!