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鳥籠 10

ゴールデンウィークが明けてすぐ、紫音は動いた。 体調が悪いと嘘をついて午後から早退すると、その足で千葉に向かう電車に乗り込んだ。 途中でローカル線に乗り継ぎして、予め調べておいた潮陽高校最寄りの駅で降りると、通行人に訪ねながら難なく高校にたどり着いた。 まだ下校時間には早い時間だった為、高校の周りを散策した。 名前の通り海が近くにあるらしく、潮の香りが風に乗って届いた。 当たりをつけた方角に少し歩くと、浮き輪などを店先に飾った古民家が現れ、その奥に堤防の様なコンクリートが続いているのを見つけ、それに沿って歩いた。 浜に下りる階段もすぐに見つかり、そこから覗くと、黄色い砂浜と、広い海が眼前に広がった。 シーズンオフであるため誰もいなかったが、心地いい風の吹く爽快な場所だ。 もしもハル先輩を見つけたら、ここに連れてきたいな。 ハル先輩の疲れた心も、ここに来れば少し癒されるかもしれない。 暫し風に吹かれて心を落ち着けると、再び高校に戻り、校門に立って時間が過ぎるのをただ待った。 やがて5時間目終了のチャイムが鳴ると、公舎から生徒が現れ始めた。 この辺りでは見慣れない制服を着る紫音が珍しいらしく、ジロジロと不躾な視線を向けられたが、紫音は気にせず向田春を探した。 銀髪という目立つ特徴があるので、すぐに見つかると思ったが、その特徴を持った人物はなかなか現れなかった。 一度帰宅部の生徒が下校する波が終わり、19時頃に再び部活が終わった生徒達が現れた。 「あれ?もしかして紫音?」 声を掛けられた先を見ると、宮原が駆け寄って来た。 「宮原先輩!部活っすか?お疲れ様です」 「お前の方こそ。まさか今日来るとは思わなかった。ずっといたのか?」 「はい。3時くらいから」 「あー。メールすればよかったな。向田、今日早退したみたい。午後から姿が見えなかった」 「そうなんすか…。体調でも悪かったんですかね…?」 「うーん…。そればっかりじゃないと思うけど…。お前、この後少し時間ある?」 頷くと、宮原は部活のチームメイト達に先帰っててと別れを告げて、紫音を伴って少し歩き、ファーストフード店に入った。 *** そう言えば昼ごはんも食べていなかったと思い出し、適当にセットメニューを頼んで、宮原と2階の席に移動した。 「お前、中学生なのにこんな時間まで大丈夫?家に着くの何時だよ」 「大丈夫っす。家、放任主義ですから」 「お前らしいな。…早速なんだけど、向田の件。今日、こんなものが掲示板に貼られてたらしく、回ってきた」 宮原の差し出した携帯を見ると、かなり遠くからズームして撮ったと思われる男女の写真がそこにあった。 男はスーツを着ていて、寄り添う女の方は銀髪に、パンツスタイルだ。 「これ、なんすか?」 「こっちの銀髪が、向田」 「え?だってこれ、女の子じゃないですか」 「いや、向田だ。向田ってこんなやつ。お前の知り合いじゃ、ないだろ?」 これが男で、俺の探してた向田春? 言われてみれば胸の膨らみはないし、身長も高そうだ。男と言われれば男にも見えてくる。 でも、なんで男と寄り添ってるんだ…。 じーっと写真の向田春を見るが、不鮮明すぎて、顔は全くわからなかった。 髪形と、体型をよく見て、頭の中のハル先輩と照らし合わせて見たが…わからない。 そもそもハル先輩がこんなピッタリしたパンツを履いている姿なんて見たことはなかったし、髪の色だけでなく髪形まで全然違うので、シルエットだけでは判断が付かない。 でも…。 ハル先輩が、男と恋人同士みたいに寄り添うなんて、そんなことする筈ない。 こんな、明らかに年上の男と手を繋いで、まるで愛人みたいなこと、する筈がない。 だとすれば、やはり向田春は、ハル先輩ではないのではないか…。 向田春=ハル先輩だといいなと思っていた思考が、一気に他人であって欲しいと考えるようになっていた。 もう一度写真を見る。 こんなの、ハル先輩じゃない。 ハル先輩は、こんな人じゃない。 「…たぶん、違うと思います。でも、確信が持てないので…。明日、また来て、確かめます」 「そうか。俺、話したこと無いけど、授業終わったら校門に連れていこうか?」 宮原は今日1日待ちぼうけを喰らった紫音を憐れんでいる様だ。 「いや、大丈夫です。人違いだったら申し訳ないし」 「おう。わかった」 その後、味が濃い筈なのに余り味のしないハンバーガーにかじりついて、そそくさと宮原と別れ、電車に乗った。 そして次の日、ついにハル先輩を見つけた。

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