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鳥籠 13

カーテンを開けると、眩しいくらいの朝陽が部屋を照した。 こんなに爽やかな朝を迎えられたのは本当に久し振りで、いつも胸の中にあった暗い霧が晴れたように清々しかった。 昨日は紫音と離れがたくて20時を過ぎてしまい、あの男に持たされた携帯を握りしめながら走ってマンションまで帰ったが、危惧していた着信も訪問もなかった。 そのおかげで、この朝が迎えられた。 そして、それ以上に春の心を晴れさせたのは、紫音の存在だった。 探してくれていたこと、そして見つけてくれたことが心から嬉しかった。 何度も何度も絆されそうになりながらも、紫音の為にならないと言い聞かせ、精一杯突き放した。 心が、引き裂かれる様に痛かった。 離れたくない。一緒にいたい。苦しい。 涙で視界が滲んで、前が見えなくなった時、突然腕を引かれたと思ったら、温かい腕の中にいた。 懐かしい匂いがした。 決して俺を脅かさない力強い腕。 優しい胸の鼓動。 もう突き放すことなんて出来なかった。心が紫音を求めて、身体の力が抜けた。 あとは自分の気持ちに正直に紫音と接した。 紫音の為に、紫音を拒絶することは出来なかった。 俺は弱いから。 結局は紫音の腕に、言葉にすがってしまった。 もしもあの男にバレたら…。 その時は俺が何でもしよう。一生あの男の檻の中でもいい。紫音にさえ手出しされなければ。 そう思うくらいに、今、心は紫音を求めていた。 *** 「おはよー春!」 教室に入ると、いつもの様に斗士が声を掛けてきて、おはようと返した。 「春…」 斗士がそう言ったきり固まっているので、どうしたのかと顔を覗き見ると、心なしか顔が赤い。 「斗士、体調悪い?」 「いやっ、全然悪くないよ!それよりも、春。なんか雰囲気違いすぎ!」 斗士が赤い顔をぶんぶん振って否定して、少し後ずさった。 そんなに慌てふためく程に俺はいつもと違うのだろうか。 確かに昨日までとは景色が違って見えるくらいに気分は晴れやかだ。 少し気味悪がられている様な気さえするので、顔が緩んでいたりするのかもしれない。 「ごめん。気を付けるよ」 「悪いって言ってるんじゃないからね!…昨日、あいつとなんかあった?」 「うん。少し嬉しいことがあった」 少しどころではないし、「嬉しいこと」と一言で言えるものでもないが、そう言った。 紫音を思い出すと、また頬が緩んで、目が細くなってしまう。 また気味悪がられてるかなと斗士を見ると、少し顔が強ばって、考え事をしている様に見えた。 そっとしておこうと思い、前を向いて席に着いた。 後ろから、「と、斗士くん、ちょっといい?」と声が聞こえて、斗士が席を立った音がした。 教室の前の出入り口から、斗士と、背中を丸めた大人しそうなクラスメイトが連れだって出ていくのが見えた。 いつもの様に参考書を開いて、新しい知識を仕入れる。 気分が違うと、頭の働きも違うのか、難しい化学式が普段よりもスラスラと頭に入ってきた。 *** いつもの様に和希とトイレに入り、個室も覗いて誰もいないのを確認してから、言った。 「何?俺今むしゃくしゃしてるんだけど」 「あ、あのね!これ!」 和希が興奮した様子で携帯を差し出した。 「お前まさかまだあの子付けてるの?もういいって言っただろ…」 言いながら携帯を受け取って画面を見ると、そこには、俺の機嫌を損ねた原因の昨日の男と抱き合っている春の姿が写っていた。 「ふーん。元彼って所?ヨリが戻ったとか?」 「何話してるかまでは、分からなかったけど、すごく親密そうだったよ!」 「二股とか、あの子も清純そうに見えてやるね」 和希の手前、軽薄な言葉を吐いたが、その実、腸が煮え繰り返るような嫉妬の炎が燃えていた。 あの子が欲しい。 「これっ、どうする?また貼り出そうか?」 和希が、楽しそうに言う姿が、とても醜く見えた。 「やめろ。もうそういうことはしない」 言いながら和希の携帯を勝手に操作して画像を消去した。 「お前、もう付け回すのやめろよ」 和希に携帯を投げ返して、トイレから出ようと踵を返した。 「なんで?なんでやめるんだよ!」 和希が大きな声を出して、一瞬怯む。 「あの子で遊ぶんでしょ?僕にも貸してくれるって言ったじゃない!」 「もうそれはおしまい。あの子では遊ばない」 「僕で…僕でさんざん遊んだ癖に!」 「お前だって楽しんでたし、クラスに居場所も作ってあげただろ?今だってちゃんと仲良くしてあげてるじゃないか。それでチャラだよ。…それとも、もう俺の保護はいらない?」 「え…や、やだ!斗士くん!見捨てないでよ!俺は斗士くんがいないとだめだよ!」 和希が慌てて取り縋る。 斗士は和希に近づいて、その頭を撫でた。 「そうだろ?だから、お前はいい子にしてて。俺の言うこと、わかったよね?」 和希が何度も頷くのを確認して、一人トイレを出た。 教室まで向かう廊下で、春の噂をしている奴に何組か会った。 「突然綺麗になった」だの、「男もいけるみたいだから、今度誘ってみようかな」だの。 突然?俺は最初から春の美貌に気づいていた。一番初めに目をつけたのは俺だ。 今更気づくような野郎なんかには指一本触れさせるもんか。

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