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鳥籠 17
時刻はまだ16時だというのに、向田から「どこにいる?」と連絡が入った。
血の気が引くような思いをしながら走ってマンションまで帰りついて、玄関に雪崩れ込んだ。
家の奥からゆっくりと歩いてくる足音が聞こえてきて、ギクリと身体が強ばった。
「春、一体どこに行ってたのかな?」
向田が真顔で春の目の前まで迫り、上がり框から一段低い春を見下ろした。
「…駅前の、本屋に行ってた」
息を切らしながら春が答える。
「本屋?その割に何も持ってないみたいだけど?」
「欲しい本が、なかったんだ」
「ふーん。随分汗をかいてるね」
「走って帰ってきたから…」
「走って?そんなに早く俺に会いたかった?」
「……待たせちゃ、悪いと思った」
春が俯きがちに言うと、向田の無表情が崩れ、ニッコリと笑みの形になる。
「おいで」
向田に手を引かれて、靴を脱いで家に上がる。
春は安堵のためこっそり息を吐いた。
身体が緊張から解かれて、脱力して今にもへたりこんでしまいそうだった。
向田が向かった先はバスルームだった。
「一緒にお風呂に入ろう」
向田によって次々と服を脱がされる。抵抗はひとつもしなかった。
煌々と明るい照明の下でこの男に裸を見られるのももう慣れてしまって、羞恥心すら殆どない。
向田が自分の服を脱ぐのも黙って見守って、腕を引かれてバスルームに入った。
シャワーを浴びせられ、頭を洗われ、身体も丁寧に洗われた。
丁度溜まった湯船に、向田に後ろから抱えられる様な体勢で一緒に入り、後ろから胸や下半身をいたずらされる。
「春の乳首もここも、勃ってきた」
「あっ…や、だ…」
「やだじゃないでしょ。気持ちいいでしょ?」
「っ…きもち、いい」
「可愛いねぇ春は」
リップ音を響かせながら後ろから首筋に何度も唇と舌が這う。
耳の中にも舌が入りこんできて、くすぐったさと痺れを同時に感じて、思わず頭が逃げ腰になる。
「ここでしようか」
耳元で吐息と共に囁かれて、全身が甘い痺れにゾクゾクした。
期待している。
この身体は、やがて来る大きな快楽を期待しているんだ…。
浴槽の縁に手をついて、上半身を屈めて尻を向田に向ける。
先ほどまで指を入れられていたそこに、向田の物が侵入してきて、淫乱な身体は悦び悶える。
心はおいてけぼりをくらった様に冷めていたが、与えられる圧倒的な快楽には逆らえない。
ついさっきまで紫音と爽やかな汗を流していたこの身体は、卑猥に揺れて快楽に震えている。
自分はなんて浅ましいんだろう。
取り残された心は、逃避を求め、いつもの様に紫音を思い描き始める。
紫音、紫音。
助けて。助けて。
決して口に出すことの出来ない言葉を、心の中にいる紫音に呟く。
実際には言えるはずのない言葉を、心の中だけで…。
***
23時に差し掛かり、ようやく向田は帰って行った。
今日はたまたま取引先の都合で仕事が一件キャンセルになったのだと言っていた。
こんなこともあるのだから、もう紫音には会わない方がいいのかもしれない。それが紫音にとって一番いいことだとわかっている。
分かっているが、春は紫音を手放すことが出来そうになかった。
紫音と2ヵ月過ごして、半年以上忘れていた多くの感情が戻ってきた。
全てが灰色だった景色も鮮やかになり、学校も楽しくなった。クラスメイトとも普通に接するとができるようになっていた。
向田との時間は、心が正常に近づいた今、ある意味前よりも苦しくなったが、毎週日曜日になれば紫音に会えると思えば耐えられた。
事の最中も、いつも紫音の姿を思い浮かべた。そんな時に綺麗な紫音を思い出す事に罪悪感はあったが、止められなかった。
紫音に抱かれているのなら、どんなに幸せだろうと思うことも、もう止められなかった。
春は、紫音を好きになっていた。
いつも自分に暖かな感情だけを与えてくれる紫音を、かけがえのない存在だと思わずにはいられない。
紫音と過ごす時間の全てが愛おしかった。
バスケをしている時はもちろん、何もせずにただ二人で並んでいる時も、同じくらい大切だった。
紫音のいない生活なんて、考えることは出来ない。
紫音を失ったら、生きていけないかもしれないとまで思っていた。
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