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鳥籠 19

「ハル先輩…俺…俺……」 春の目からはまだ涙が溢れていて、止まる気配はない。 取り返しの付かないことをしてしまった。 俺は、自分の欲望の為に全てを壊してしまった。 ハル先輩との関係も、信頼も、友情も、全て。 どうしたら、ハル先輩は泣き止んでくれるのか。いっそ俺がこの場から消えた方がいいのか。 でも、こんな状態のハル先輩を一人こんないかがわしい所に置いていけない。 「ハル先輩、ハル先輩、ごめんなさい。俺、なんでこんなこと…。お願いです。もう何もしないから、泣かないでください。ごめんなさい…」 紫音はおろおろ狼狽えながら必死に言い募った。 恐る恐る春の髪に触れて、母親が子供にするように頭を撫でた。 暫くそうしていると、春の涙が止まって、定まらなかった目の焦点が合い、掠れた声で紫音と呟いた。 「ハル先輩…」 「紫音…。……よかった。いつもの紫音だ」 春が紫音をじっと見つめた後、儚げに微笑んだ。 ――なんて綺麗なんだろう。こんな綺麗な人に、俺は何を思い、何をしようとした…? 「ハル先輩!本当に、俺どうかしてました!ごめんなさいっ!」 「どうかしてた…?さっきのは全部、嘘?」 春の真っ直ぐな視線が突き刺さる様だった。 誤魔化せない。 ここでまた嘘を重ねることは、ハル先輩を更に冒涜することだ。 「ハル先輩…俺…。嘘じゃないです。これまで騙して友達のフリをしてました。俺はハル先輩が好きなんです。ずっと、好きでした。それに…。さっき言ったことも、俺の本音です。幻滅…しますよね。自分でも最低だって思います。こんなに嫉妬深いなんて…自分でも知らなかったから…」 紫音は項垂れた。嫉妬に歪んだ自分の醜さを思い出して、春の綺麗な瞳にその姿を写すことにいたたまれなくなったのだ。 「よかった……」 春がそっと呟くのが聞こえた。 よかった?何がよかった? 紫音が顔を上げると、ニッコリと微笑んだ春と目が合う。 「よかった。…紫音が、俺を好きでよかった。俺も――」 ―――聞き間違いか? まさか、そんなことって。 「俺も…紫音が好き。だから、紫音にそう言って貰えて、すごく嬉しい」 「…ハル先輩?これは夢かなんかですか?」 紫音が呆けていると、春の手が頬に伸びてきて、ぎゅっと摘まんだ。 「いてっ!」 「夢じゃないよ」 目の前には微笑む春がいる。 夢じゃない。夢じゃないんだ。 ハル先輩!! 「っわ!」 「ハル先輩!好きです!大好きです!」 仰向けの状態だった春をガバッと抱き寄せて喚くと、春の腕が控え目に背中に回って、俺も…と小さく言った。 愛しくて愛しくて堪らない。 全身が歓喜して、この腕の中の存在を愛でた。 こんな日が来るなんて、夢にも思わなかった。 叶わない恋だと、ずっと思っていた。 ハル先輩、ハル先輩。 もう二度とこの人を泣かさない。 この手で、幸せにしてやりたい。 *** 長い長い抱擁をようやく解いて、春と見つめ合う。 どちらともなく、自然と唇を合わせた。 触れるだけのキス。 たったそれだけで心も身体も満たされていくのが分かる。 でも…ベッドの上で、最も愛しい人物と抱き合い、キスを交わしていて、それだけで収まる筈もなく、唇は春の唇をチュッチュッと音を立てて啄み始める。春も少ししてからそれに合わせるように唇を動かしてくれた。 心の底から愛しさが込み上げてくる。 両手は春の上半身に這って、Tシャツの上から撫で擦った。 自然な流れでTシャツの下に手を入れたとき、春が身じろぎしてさっと身体を離した。 「ご、ごめんなさい!俺、やり過ぎましたよね。つい…」 春の顔を覗き込むと、少しだけ青い顔色をしていて紫音は慌てる。 「ハル先輩っっ!すいません!もうしないって言ったばかりなのに、本当にもうしません!」 「…違うよ、紫音のせいじゃない。ごめん」 春は両手で上半身を庇うように抱いている。 俺が原因に決まっている。俺が性急すぎたから。 たった今両想いだってことがわかったばかりだって言うのに、すぐに身体を求められたら、誰だって驚く。 大事にしないと。 身体なんて…そりゃあ正直いつかは結ばれたいが、そんなのは急ぐことじゃない。 ハル先輩が俺を好きでいてくれている。今はそれだけで充分すぎる程幸せだ。 ついさっきまで嫉妬に燃えていた凶暴な自分の感情が自分でも信じられない。 でも、あれも俺の一面だ。 ハル先輩を誰かに奪われたら、俺はあんな風に嫉妬に狂ってしまうんだ。 ハル先輩は、あんな俺をどう思っただろうか。 幻滅していないのだろうか…。 「あの…ハル先輩…。今もですけど、その前も…すごく酷い扱いして、すいません…。俺、ハル先輩をとられたと思ってて…勝手に妬いてたんです」 「…そう言えばお前そんなこと…。どういう意味…?」 「…ハル先輩の名字が今は向田だって聞いて…俺、勝手にあの向田を連想しちゃって。宮原先輩に変な写真も見せられたし、付き合ってるんじゃないかって思い込んでたんです。普通に考えればあり得ないですよね、あんなおじさんと。俺ほんと馬鹿で…」 自嘲しながら春を見ると、先程の比じゃない程顔を青ざめさせていて、紫音は再び焦る。 「ご、ごめんなさい!俺、勝手に変なこと想像して、一人で焼き餅焼いて、最低ですよね!俺、嫉妬深すぎますよね。それだけハル先輩が好きなんですけど、ハル先輩にとっては迷惑なだけですよね。気を付けますから!」 その後何を言っても春は上の空で、この話題がよくないのかと考えた紫音が話を逸らして、1時間ほどしてようやく春が笑えるようになったのを見て、二人はホテルを出た。

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