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鳥籠 21

週明け、6時間目のHRの時間で、今週末に行われる球技大会の参加種目分けが行われていた。 バレーボール、サッカー、野球、ドッジボール、バスケの6種目だ。 「春、何やるー?」 後ろの斗士から声がかかる。 「俺、何でもいいよ」 「春は運動神経いいから、何やっても活躍しそう。そう言えば、中学時代は部活やってた?」 「うん。バスケやってたよ」 「そうなんだー!そう言えばまだ体育の授業もバスケってないし、春のバスケ見たいな!」 「うん…。でも、バスケは…」 「はいはーい!俺と春はバスケにエントリーしまーす!」 斗士が春の言葉を最後まで聞く前に手を挙げて黒板の前に立つ体育委員に向けて大きな声を出した。 「望月と向田がバスケね。りょーかい」 バスケと書かれた横に、名前が書かれていく。 バスケ、できるだろうか…。 紫音との1on1はもう1ヶ月近くやっているが、試合となるとまた別だ。 紫音とボールを追っていて思う。 自分はバスケを嫌っていないと。 こんな状況に追い込まれたのも、バスケで目立ってしまったせいだと言うのに、ボールを持つことにも追うことにも、嫌悪感はなかったのだ。 だから、たぶん大丈夫だ。試合形式だとしても、普通にこなせる筈だ。 こんな風に思えるのも、紫音のお陰だな。紫音が無理やりにでもボールを持たせてくれたお陰。 あれがなければ、きっと今でも、球技大会レベルのバスケすら拒絶しただろう。 本当に俺は、色んな面で紫音に支えられているな…。 「春、何考えてるの?」 後ろから斗士の両手が伸びてきて、春の肩を抱いた。 「何も。バスケ、ひさびさだなーとか」 「ふーん。なんかうっとりしてる風だったけど。そんな顔するときは、俺のこと考えてね」 斗士が身を乗り出して耳元で言う。 こういう光景は、日常茶飯事だ。 斗士が「春は俺のもの」と公言して憚らない上に春も否定しないため、クラス中、いやもう既に学年中が二人はカップルだと思っているのだ。 斗士にベタベタされることを初めは拒否していた春だったが、斗士に、その方が信憑性があるからと言われ、納得させられて今ではすんなりそれを受け入れている。 向田によって身体に触られる事に慣れきってしまっている春は、一度接触を許した相手からのある程度のスキンシップは殆ど気にならなかった。 当然、気を許していない相手からのそれは、断固拒絶しているが。 「はいそこ!イチャイチャしない!」 体育委員がわざと真面目な声と表情を作り斗士と春を指して言うと、教室が笑いに包まれる。 これも日常茶飯事。 人目も憚らずくっつく二人に冷やかしが飛んで、その場が和む。 少し恥ずかしい気はしたが、嫌な笑いではないため、クラスが和むダシになるくらい、別にいいかと春は考えていた。 *** 大歓声の中、春と斗士はハイタッチした。 この試合3本目の春のスリーが決まって、相手チームとの点差は、残り試合時間1分では覆りようもない程開いていた。 春と斗士が率いる1‐Aチームは、順調に勝ち上がり、これに勝てば次は決勝だ。 間もなく試合終了の笛が鳴り、コートを出た途端、応援に来ていた他種目で敗退したクラスメイト数人に囲まれる。 「向田!お前って、すごい奴だったんだな!」 「誰だよガリ勉とかオタクって言ってた奴」 「って言うか、なんでそう思ってたのか今となっては謎なんだけど!」 「まじかっこよかった!」 好き勝手捲し立てるクラスメイトに圧倒されるが、悪い気はしない。 久々のバスケの試合はとても楽しく、春の気持ちを高揚させた。 その表情もいつになく明るく、眩しいくらいに輝いていた。 「ありがとう」 春が一言笑顔を向けると、クラスメイトは一瞬静まり返り、顔を見合わせた。 「お前、ほんっとに変わったな」 「なんか向田に笑いかけられると、照れるな…」 「分かる…」 「はいはいそこまでー!俺の春をそんな目で見ない!」 言いながら割り込んできた斗士に肩を組まれる。慣れているとは言え、いきなりの事に驚き顔を見上げた。 「てか、斗士こんな向田を独り占めしてたのかよ」 「そうだよ。気づくのが遅いお前らが悪い」 斗士はそう言うと、春の肩を抱いたままその人垣から離れた。 体育館を出て、殆ど人のいない渡り廊下に差し掛かった所で春が口を開いた 「なぁ斗士。クラスの奴等は、大丈夫じゃないか?」 「大丈夫って?」 「だから、その…『彼氏のフリ』しなくても、もういい加減分かってるだろうし、変なことしないと思う」 「どうかな?あいつら、春に目覚めたみたいだったよ。それに…」 斗士が一度言葉を切って、じっと春を見つめた。 なんだろう? 「俺が春のこと好きなのは本当だから。俺、フリじゃなくて、本当に春の彼氏になりたい」 *** 「……本気で言ってる…?」 「本気だよ。俺だっていくらバイでも、好きでも何でもない奴にベタベタしないよ」 斗士の顔は真剣だ。 俺は斗士に告白されているんだ。 こういうときに以前感じていた裏切られたとか、悲しいとかそう言う気持ちは不思議と沸いてこなかった。 ちゃんと真摯に答えなきゃとそれだけ考えた。 「斗士、ごめん。俺、好きな人いるんだ。だから、斗士の気持ちには答えられない」 「…そう。まぁ、分かってたけどね。どっち?スーツの男と、校門で待ってた男」 好きな人と言っただけなのに、選択肢が二つとも男なのが少々不本意だが、男の紫音を好きになったのは事実なので、仕方ない。前者のことは、かんがえたくもない。 「待ってた方だよ。俺の後輩なんだ」 「へー。あいつ、年下なんだ。ってことはまだ中学生?」 「うん。今、中3」 「春は東京の中学だったよね。ってことは遠恋?」 「あー…うん。そんな感じかな」 答えると、斗士の表情が少し明るくなった。 「じゃあ、まだチャンスあるね!」 「え?」 「今、春と毎日いられるのは俺だもん。俺、諦めないよ」 斗士は不敵に笑っている。 「斗士、でも俺は…」 「後輩くんが好きで好きでたまらない?」 斗士に身も蓋もない言い方をされ、頬が熱くなる。でも、その通りなのでこっくり頷いた。 「妬けるなぁ、そのかわいい反応。でも、人の心なんて移ろいやすいものだろ?俺はいつか春が俺に振り向いてくれるって信じてるよ」 「斗士…」 人の心は移ろう…。 紫音も、きっといつか、俺が何もあげられないことに気付いて、俺の前から去っていくだろう。 考えただけで、胸が張り裂けそうな程辛い。でも、どうしようもない。いつか絶対その日は訪れる。 でも、俺は? 俺はいつか紫音以外を好きになる? また、叶わない不毛な恋心を、誰かに抱く日がくるのか? 考えられない…。 紫音以外なんて、とても。 「今、『俺の気持ちは移ろわない』って思ってるでしょ?でもさ、俺が春を想い続けるのは、俺の自由だろ?」 「そう…かもだけど…」 「だからさ。これまで通り仲良くしてよ、ね?彼氏のフリも続けさせて」 「それは、もうだめだろ。もう斗士にそこまで甘えられない」 「いーのいーの。俺が大好きな春を危険な目に合わせたくないからしたいの。春は何も罪悪感とか感じる必要ないから」 だめだ。 俺は斗士を好きにはならない。 これまで通りにするのは、斗士を傷つけるだけだ。 「斗士、駄目だよ」 「春、この話はもうおしまい。春が辛いなら全部忘れて。でも、そうだな…。傷心の俺を少しでも気遣いたいなら、今まで通りに接して。それが振られた俺からのお願い」 春はでも…と尚も言い募ろうとしたが、そろそろ決勝始まるよと斗士は体育館に向かってしまい、もう何も言えなかった。 *** 決勝には惜しくも破れたが、1年チームが決勝まで残ったという時点で1‐Aは注目を浴びた。 特に、一番の活躍を見せた春の運動センスは、学校中の知るところになった。 「向田、お前って、ほんとに紫音の言う通りバスケ上手かったんだな」 球技大会の閉会式も終わり、教室に向かう所で宮原に声をかけられた。 「中学までやってたから」 「なぁ、バスケ部入らないか?先輩方が勧誘してこいってうるさくて。でも、俺も向田に入部して欲しい。向田が入ってくれたら、強くなると思う!」 「…悪い。部活には入るつもりないよ」 「そっか…。ま、考えが変わったら、いつでも歓迎するから!」 そう言うと宮原は自分のクラスメイトの元に走っていった。 「あーよかった」 宣言通り変わらず隣を歩く斗士が呟く。斗士のあまりの自然さに、春も思わず普通に聞き返した。 「よかったって?」 「春がバスケ部にとられなくて。部活に入っちゃったら、もう一緒に勉強できなくなるだろ?」 「勉強は、止めないよ。俺にとって、今一番大事なことだから」 「俺にとっても。春と一緒の時間が、一番大事」 「斗士…」 春は斗士を見ていられなくて目線を下にずらした。 こんな時斗士にどう接すればいいのだろう…。 「春、俺が本音言う度に申し訳なさそうな顔しないでよ。逆に傷つく」 「ご、ごめん!」 慌てて斗士を見上げると、目が合った途端ニヤッと笑った。 「冗談。でも、本当お願いだから普通にしてて。たぶん俺、これからも春口説くから。聞きたくなかったら聞き流してもいーけど、そーいう顔はしないでな」 「うん…」 斗士にどう接したらいいのか、その答えは出ないまま、春は斗士のペースに巻き込まれていった。

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