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鳥籠 23

「春、まだ借りるのー?」 「うん、あと2冊」 春は、終業式の後図書室に寄って本を選んでいた。 夏休みの間だけ特別に一度に10冊借りられるのだ。 当然、10冊借りるつもりだ。 東京のマンションでも自分を失わない為には、勉強をするしかないと思った。 自分には目標があるんだ。いつか解放されるんだ。そう思うことで自分を保とうと。 斗士との関係は、元通りになっていた。 春は未だにこれでいいのかと引っ掛かかる物はあったが、マイペースな斗士の空気にのまれていた。 「春さぁ、夏休み暇ある?俺別荘に遊びに行くんだけど、一緒に行かない?」 借りる本を選ぶ春の隣で斗士が言った。 「夏休みは、ドイツに行くから…」 「えードイツにまでこれ持ってくの?」 斗士が春の抱える9冊の本を指差している。 春は曖昧に返事を返して、残り1冊を選ぶと、カウンターで手続きをして斗士と図書室を後にした。 斗士との放課後の勉強の時間は続いていた。 午前中で終業式は終わったので、まだ昼前だ。 食欲は全くなかったが、斗士に何か食べなきゃと言われて売店でパンを買って簡単に昼食を済ませると、気を紛らわせるようにすぐに机に向かった。 *** この時間が終われば、今夜から東京に連れていかれる。 それを考えると、どうしても気持ちがドン底まで落ちていく。同時に焦燥も感じる。 早くあの男から解放されたい。 もっと学んで、知識を得なければ。 もっと、もっと…。 しかし、焦れば焦るだけミスをするし、暗記も時間がかかってしまう。 こんなんじゃ駄目だ。確りしろ。 ふがいない自分に苛ついて、ついシャープペンに力が入り、何度も芯がポキポキ折れる。 「春?どうした?」 「なんでもない」 春は斗士の顔も見ずに答え、ただただがむしゃらにペンを走らせた。 「春、ちょっと休憩にしよ?」 「休憩?俺にそんな暇はないよ」 「そんな暇って…。テストが控えてるわけでもないのに、どうしたの?なんか変だよ?」 「斗士ちょっと黙って…って、なにすんだよ!」 春はようやく頭を上げて斗士を見た。斗士が春の取り組んでいた問題集をパタンと閉じたからだ。 「春、本当に変だよ。集中できてないのにあんまり根詰めても意味ないだろ。休憩しよ?」 「…斗士には俺のことなんか分からない。何でも持ってる斗士には、俺の気持ちなんてわかる筈がない!」 春はいつになく感情的だった。 今夜から自分の全てをあの男に好きにされる…そう考えると、自分の境遇を恨まずにいられない。 どうして俺だけがこんな目に合うんだ。 俺はただ、平凡な毎日を平凡に生きて行きたかっただけなのに。 普通に恋をして、愛し、愛されて幸せになりたかっただけなのに。 どうして持っていた物全てを、そして愛される権利までを奪われなければならなかったのだろう。 「春…何があった?」 側にいるのに、斗士の声が遠くに聞こえた。 俺とは違う存在だ。 大空を高く飛べる羽を持った、清い存在。 俺の羽は、ボロボロに毟り取られて、泥にまみれてもう羽ばたけない。 斗士は夏休み、家族で葉山の別荘に行くのだと言っていた。 俺は、汚れた娼婦のように一日中ベッドに張り付いて、好きでもないあの男の相手をするんだ。 穢らわしい。なんて惨めな存在だろう。 本当は紫音に愛される権利もないのに、縋り付いてしまう俺はなんて醜いんだろう。 清い羽を持った斗士が…羨ましくて堪らない。 *** その日の夜、予定通り向田が迎えに来て、身一つで東京に連れてこられた。 持っていこうとしていた本は、パラパラと検閲の様に中身を確認された後、こんなもの必要ないと玄関で放り投げられてしまった。 マンションに着いてすぐに服を剥ぎ取られ、帰るまで必要ないよねと笑いながら言われ、寝室に連れていかれる。 「俺が毎日抱いてあげられなかったから、そんな身体になったんだろ?大丈夫。すぐに前みたくイきやすい身体にしてあげるから」 向田がニヤニヤと厭らしい笑みを湛えて玩具を選びながら言った。 一度イクまで時間のかかるようになった春を、向田はまず玩具で散々にいたぶる様になっていた。 これから40日間、この男から逃げることはできない。 せっかく少しだけまともになった身体も、感情を取り戻した心も、またおかしくさせられる。 怖い…。 自分を自分の望まない形に変えられるのは、ただただ恐ろしい。 向田に身体を愛撫されながら、春は絶望に涙し、その時間が過ぎるのをただ耐えるしかなかった。 次の日、昨晩夜中までいたぶられて眠っていた所を、昼間にやって来た向田に起こされ、本がびっしり入った重い紙袋を渡された。 一冊手に取ると、裸の男同士が抱き合っている表紙が目に入り、思わず取り落とした。 「春は本が好きみたいだからね。たくさん買ってきてあげたから、俺のいない間はこれ読んでもっともっとエッチになってよ」 嫌悪に顔を歪ませる春すら面白いと言わんばかりにニタニタと笑って、向田は言う。 春の隣にドサッと腰を下ろすと、春が落とした雑誌を拾って、見せつける様に中を開いた。 「ほら見て、気持ち良さそう。春も今度これしようね」 その写真の男は真っ赤な紐で複雑な形に縛られ、性器の先に指を突っ込まれていた。 春は一瞬で青ざめ、身体を竦ませた。 尿道を弄られたのは、1回きりだ。拷問の様なあの痛みを思い出すと、それだけで身体が震えだしそうになる。 「そんなに怯えなくて大丈夫。いきなり指は入れないよ。ちゃんと慣らしてあげるから。…それにしても、この雑誌に出てくる男達と比べても、春が一番綺麗だなぁ…」 向田が鞄を漁りだし、恐ろしさに背中が引き攣る。 振り返った向田が手にしていたものは、黒くて小さい角張った塊だった。 「今日はこれで春のかわいい姿を映像に残そうね。ハメ撮りってやつだよ」 *** ビデオを構えた向田に押し倒され、久しぶりに抵抗した。 向田は楽しそうに一回ビデオを置くと、長い布を取り出してきて春の両手を痛いくらいきつく縛った。 録画状態のビデオを三脚に固定してしつこく玩具を使われ、羞恥心で固かった身体もぐずぐずに溶かされてしまい、結局あられもなく喘がされた。 その後カメラを片手に構えた向田自身に責め立てられ、恥ずかしい言葉や愛の言葉を言わされながら何度も絶頂させられた。 向田は2時間程でビデオを持って嬉々とした様子で会社に戻っていった。 暫くして冷静さを取り戻した春を暗い絶望が包む。 あんな恥ずかしい姿を映像に残されてしまった。また弱味を増やされた様なものだ。ますますあの男から逃れることが難しくなった…。 一体あとどれくらいの時間俺は耐えていけばいいんだろう。 そもそも解放される日なんてくるのだろうか。 あいつは俺を跡取りにするつもりが本当にあるのだろうか。 俺から勉強道具を奪い、わざわざあんな本を与えるなんて、俺をそんな風にしか見ていないと言いたいんじゃないのか…。 いや。駄目だ。考えちゃだめだ。 希望を失ってはいけない。 俺は、いつか解放される。父さんのしがらみも解いてみせる。 その「いつか」がどんなに先でも、遠すぎて小さな光しか見えなくても、その光に向かって一歩一歩進んでいくしかないのだから。 今の俺には、紫音もついてる。 目を瞑れば、紫音の笑顔が、優しい眼差しが甦る。それは眩しいくらいの大きな光だ。 紫音…紫音…。 サイドテーブルに置かれていた携帯を手に取り、発信履歴を表示させた。 もう何度も何度も見すぎて暗記してしまった11桁の数字を見つめる。 大丈夫。紫音とはまだ繋がっている。いつか終わりの来る儚い繋がりだけれど、確かに今は。 また会うその時に、ちゃんと笑いたい。その為に耐えよう。心を強く持とう。紫音が心の中にいる。いつでも俺を支えてくれるから。 *** 向田と自身が出した体液に濡れて汚れた春の身体は、もうピクリとも動けそうになかった。 この日向田は朝からやってきて、ただひたすらに何度も何度も春を抱いた。 擦られ過ぎた孔が腫れて痛みしか感じなくなっても、それを過ぎて痺れから感覚が麻痺して何も感じなくなっても、それでも向田は繋げる事を止めなかった。 春の計算が正しければ、今日が8月31日だ。 明日は2学期の始業式。 ようやく長かったこの囚われの生活から解放される。 向田はこの40日間様々な方法で春を再び人形にしようとした。 薬やディルドは日常的に使ったし、尿道をブジーで拡張したり、SM紛いに天井から吊るしたりもした。 当然春は強い快楽と苦痛に悶え苦しんだ。薬のせいで自我を失うこともしばしばあった。 それでも、一度行為が終われば春の瞳には再び光が宿り、以前のように向田に全てを委ねることはなかった。 その瞳には確かな意思が存在していて、それは最後の砦として向田を拒絶した。 心まで向田に渡して堪るか。紫音が与えてくれた感情を、壊されて堪るものか。そう強く思っていた。 向田はそんな春が面白くない。 なぜ同じように監禁して、服をも奪い尊厳を傷付け、以前よりも執拗に身体を弄んでいるのに、堕ちてこないのか。 満たされない所有欲に鬱積した向田が、夏休み最終日に文字通り1日中春を抱くという暴挙に出た。 途中で快楽を通り越して痛みしか感じなくなったが、春にどうにかして自分を刻み付けたくて、止めなかった。 東の空に太陽が登るまでそうしていたが、相変わらず春の瞳は向田を拒絶した。

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