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鳥籠 30

身体を好き勝手蹂躙する向田に、お仕置きと称され、尿道に指を入れられた。 鋭いナイフで刺される様なひどい痛みに、ずっと叫んでいた様な気がするが、恐怖と痛みですぐに気が遠くなりよく覚えていない。 向田は、調教し直さなきゃと言って、ともかく俺の嫌がることばかりをした。 自慰を命じられたり、自分で後ろにバイブを入れさせられたりした。 指は一回だけだったが、尿道には他にも色んな物を入れられ、擦られた。 気持ちよくなるまですると言われ、必死に快楽を追ったが、痛みしか感じなかった。 天井のフックから吊るされてバイブを突っ込まれて放置され、喉の奥まで向田のモノを銜えさせられたりしている内に、また意識が朦朧としてきた。 このまま何もわからなくなりたいと思った。 向田が俺を人形にしたがっている様に、意思を全て失した人形になりたいと。 たが、戻ってきた自我は簡単に離れて行かなかった。 紫音は本当に何もされないだろうか。 それが気がかりで意思を手放せなかった。 意識は何度も失ったが、向田に起こされる度に、自我も戻った。 月曜日の夜、向田が言った。 「お仕置きも素直に受けて、いい子にしてたから、学校には通わせてあげる」 家裁の監視がある以上、向田に学校を辞めさせることはできないだけなのだが、それを春が知る由はない。 お礼にご奉仕してと言われ、車の中でもずっとモノを舐めさせられた。 マンションに到着し、部屋に入ると、全ての部屋に監視カメラが取り付けてあった。 「春の行動はずーっと見てるからね。学校のある日以外は外出禁止。授業が終わったら、すぐに帰ってくること。わかった?」 嬉しそうにニヤニヤと笑う向田に、わかったと返事をした。 「これ、録画機能もあるんだよ。早速俺たちの愛の営みを録画してみようか」 好色な笑みを浮かべた向田が寝室に行くのに黙ってついて行った。 すぐにベッドに引き倒され、纏ったばかりの服を剥ぎ取られた。 身体を捧げることは、もうとっくに諦めている。 心も捧げられれば楽になれるのに、紫音と再会して以降募りに募った向田への嫌悪感は一向になくならず、寧ろ増大していて、犯される度に胸が苦しくなった。 この先ずっとこうなのだから、早く楽になりたいのに…。 *** 月曜日は宿泊研修の振り替え休日だった為、春は学校を休むことなく通常通りに登校した。 空は晴れ渡っているのに、春の心はどんよりと曇っていた。 教室に入ると斗士がいつもより少しだけ遠慮がちに近寄ってきた。 「春、おはよ」 おはようと返事はしたが、いつもどんな表情をしていたんだっけ。 斗士は少しぎょっとした後、辛そうな表情になった。 俺の様子がいつもと違うのが宿泊研修のせいだと思っているようだ。 斗士には悪いが、そう思ってくれた方が好都合だ。詮索されずに済む。 斗士はその日俺を元気付けようといつも通り話しかけてくれたし、気遣いもしてくれた。 斗士が自分を責めている様だったので、会話にはちゃんと応じたし、普通に接しようと努力したのだが、斗士の心配そうな表情も、後悔の色も消えなかったので、上手く出来てはいない様だ。 放課後は、もう残ることはできない。 帰り支度をしていたら、いつも通り一緒に残ろうとしてくれたらしい斗士から視線を感じた。 「勉強やめたんだ。だから、もう残らない」 「春…なんで?もう二度とあんな こと起きないように俺ちゃんと守るよ。だから…」 「うん。ありがとう斗士。でも、もう残るのはやめるよ」 「そ、か…。じゃあ、俺も一緒に帰る」 斗士とは、真逆の方角に住んでいる為、一緒に帰ると言っても校門までだ。 「ま、待って!」 教室を出ようとしていた所を呼び掛けられて振り返ると、笹原が俯いていた。 あぁ、こいつも責任を感じているんだ。 「向田……ごめん」 「笹原、もう気にするな。あの事は関係ないから」 宿泊研修のせいにできればと思っていたが、それだと笹原が気に病んでしまう。それは余りに可哀想だと思った。 「春、他に何かあったの?」 斗士の問いには答えずに歩を進めた。 後ろから斗士が追いかけてきて、歩きながら尚問い詰めた。 「ねぇ春!終業式の日に、変なこと言ってたよね?あれが関係してるの?俺春のことちゃんと知りたいよ!何があったのか話して!」 「斗士には関係ないことだから」 「関係ないって何?俺がどれだけ春を心配してるか…」 「じゃあ心配しなきゃいいだろ」 「春!そんな言い方ないよ。俺が春を好きなの、知ってるだろ?」 「だから、関係ないことだって…」 「ハル先輩!」 斗士と少し大きな声で言い争いながら校門に差し掛かった時に、たった一人しか使わない呼び名が聞こえて、体が固まった。 嘘だろ。なんで…? *** 目の前に、愛しくて堪らない紫音が立っている。 もう二度と会えないと思っていた紫音が。 自然と腕が紫音に縋ろうと伸びていくのに気づいて、慌てて手を引いた。 だめだ!紫音はこんな所にいてはいけない!俺がちゃんと突き放せなかったから。だから紫音は来てしまったんだ。早く帰さなきゃ。 もう向田に見つかる訳には絶対にいかないから。 二度と会いに来ない様に、心を鬼にして、紫音を突き放すしか、俺にしてあげられることはない。 人目の付きにくい校門の陰に入って、心を殺した。 「紫音、何しに来たんだ」 思っていたよりも冷たい声が出た。 余計な事は何も考えるな。紫音の為なんだから。 「ハル先輩の様子がおかしかったから!あんなの、嘘ですよね?」 「嘘じゃない」 「嘘だ!だって、ハル先輩はあんなに…」 「それこそ全部嘘だよ。お前のこと、弄んでただけだ」 「そんな…。ハル先輩はそんな人じゃない!」 「お前に俺の何が分かる?ともかく、もう帰れよ。そして、もう二度と顔見せないでくれ」 痛い。 心が痛い。 紫音の表情が悲痛で苦しげな物に変わるのを見ていられない。 「…ハル先輩は、俺の事、少しも好きじゃなかったんですか…?」 「…好きじゃない。お前のことなんか、少しも好きじゃない」 胸が痛くて、締め付けられて、息が上手く吸えない。 今にも崩折れそうなのを、必死で耐える。今そんな姿を見せたら、全て終わりになってしまう。 紫音の顔は見れなかったが、何も言えない位ショックを受けているのは想像がつく。 ごめん。 紫音、ごめんな。 紫音に辛い思いはさせたくなかったのに、結局は傷つけてしまった。 俺は紫音と過ごした数ヵ月、とてもとても幸せだったけれど、紫音にとってはどうだったのかな。 傷つけられるくらいなら、あの数ヵ月はない方がよかったと思うだろうか。 俺は、こんなに辛いけど、紫音がいてくれて本当によかったよ。 沢山の喜びや幸せを紫音に貰ったけれど、紫音は俺から何かを得てくれたかな。 少しでもいいから、俺と過ごした日々を心に残してくれたら嬉しいな。 そして、たまに思い出してくれたら、嬉しい。 暫く無言だった紫音が、小さくわかりましたと言った。 あぁ。もう終わり。 本当に終わり。 最後に紫音の顔が見たくて顔を上げたけど、紫音はもう後ろを向いていて、帰っていく所だった。 紫音、さよなら。 あの、まだ幸せだった日と同じように紫音の背中を見送った。 あの日は、また来週、と別れたのに、これでもう紫音の背中を見るのも最後だ。 まだ視界には小さく紫音が映っているのに、涙で滲んでよく見えない。 とうとう足の力も抜けて、その場に蹲った。 肩に誰かの手が触れた。 春、と呼び掛ける声で、斗士だと気づく。 もう形振りを構っている余裕はなくて、涙も止まらなかった。 そのままそこで蹲ったまま、暫く泣いた。 斗士の手は、ずっと背中を撫でていた。 *** それからは、灰色の日々を淡々と過ごし、1ヶ月が過ぎた。 向田が紫音に手出しする素振りがないことで、心はだんだんと鈍ってきた。 たぶん、あのまま毎回嫌悪感が募り続けていたら、俺はとっくに壊れていただろう。 感覚が鈍るのは、壊れたのとは少し違って、自己防衛本能みたいなものなんだろうな、とぼんやりした頭で考えたりした。 もう壊れてもいいのにな…。 それでも俺が生きるのは、義務があるからだ。 父さんを、そして紫音を守る義務が。 紫音への想いは、今も変わらずにあった。 繋がりは絶たれたが、心の中にはいつも紫音がいた。 いくら口では向田に愛してると言っても、心はいつも紫音を呼んでいる。 目敏い向田は、それに気づいているのか、春を壊して自分の物にしようと躍起になっていた。 何をしても反応の薄くなった春にダメージを与えようと、様々な手を使った。 時間割りを事細かに調べられ、少しでも帰宅が遅くなると電話が掛かってきた。 会社のパソコンで監視カメラの映像が見れるのか、事あるごとに電話をかけられ、本当にいつも監視されていると教えられた。 それだけでも春の精神はかなり疲弊させられた。 その上、向田が家に来れない日は、電話と監視カメラ越しにテレフォンセックスを強要される。 つまりは、向田の指示による自慰と、卑猥な言葉の応酬だ。 マンションで心休まる暇など一時もなかった。 そして、中でも最近向田が一番凝っているのは、昔住んでいた横浜の家でセックスすることだ。 春の鍵の束に、横浜の家の鍵が付いているのを見つけて思い付いた様だ。 そこに連れて行かれて凌辱されると、父母との幸せだった日々を思い出して、胸が痛み、鈍っていた心が動き出すのだ。向田への嫌悪感も蘇り、セックスを淡々とこなすことができなくなり、それは春を苦しめた。 向田は、春の反応に味をしめたらしい。壊すのに最適だと思ったのかもしれない。 週に1度はわざわざそこまで連れて行かれて、執拗に責められる。 大抵は夜中にマンションに連れ戻されるが、時には朝までそこで過ごし、新婚夫婦の様に、したくもない向田の仕事の見送りをさせられることもあった。 そして、遅刻して学校に行く。 学校に行く意味を最早見出だせなくなっていたが、このまま欠席したら、向田に連絡が行ってしまう。 向田は春の所在を明らかにしておかないと気が済まないらしく、学校かマンションのどちらかにいないと気が狂ったようになって電話をかけてくるのだ。 春の居場所は、その2つしかない。 向田の視線を四六時中感じるマンションよりも当然学校の方が居心地がいい。 だから、遅刻しようと、意味がなかろうと学校に行くのだ。 *** 斗士は、前の席にただじっと座る春を見て、今日何度目かのため息をついた。 春の様子は、日を追う毎におかしくなっている。 初めの頃はまだ感情が見てとれたが、最近は反応が薄い。まるで何も感じていないみたいに、無表情が張り付いている。 こんなの春じゃない。 クラスメイトは、向田が元に戻ったと言っていたが、入学したての頃は、もっと感情があった様に思う。 あの頃の春は、必死に自分を隠していた気がする。 勉強中のふとした瞬間に見せる表情は、本来の春を彷彿とさせたし、無意識に笑って見せたりもした。 でも今は…。 遅刻が増えて、授業中も真剣さがなくなり、ただ淡々と一日が過ぎていくのを見送っている。 休み時間に話しかけても、表面上の会話にしかならない。 やっぱり、あの後輩のせいか…。 1ヶ月前、春の恋人の後輩が校門に来て、春と何か真面目に話をした後、泣き崩れる春を残して去っていった。 校門の陰に入った二人に遠慮して、話が聞こえない所に移動していた為、何を話していたのかわからないが、恐らく別れ話だろう。 初めは、最低だが少し喜んだ。 失恋し、傷心の春を俺が支えてあげたいと思った。 そして、いつか俺の事を想ってくれれば…と。 この1ヶ月、あの手この手で春の心を癒そうと近づいたが、全く取りつく島がない。 俺の事なんて、春は全く見ていないのだ。 その態度には傷ついたし、無理矢理にでも振り向かせてやると意気込んだ夜もあるが、実際に対峙して春の表情を見ていると、とてもそんなことする気になれなかった。 今の春は、何もかもがどうでも良さそうで、もしかしたら身体さえ簡単に開いてくれるかもしれない。 でも、俺が好きになったのはこんな春じゃない。 華やかで、おおらかで慈悲深く、謙虚な、笑顔が眩しいくらいに綺麗な本当の春が欲しいのに。 ……本当の春に、会いたい。 もうこんな春は見ていられない。 俺じゃだめってことだよな…。 どうすればいいかは、結構前から、泣き崩れた春を見たときから分かってる。 いや、もっと前かも。 宿泊研修の夜、本当に愛しそうに後輩の事を語る春を見たときから、俺じゃだめだってことはわかってた。 でも、諦めたくなかった…。 あの後輩。 こんな状態の春を放って、一体何してんだよ…。

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