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飛翔 4
「愛してる。もう離さないよ」
……紫音、俺も愛してる。離れたくないよ。もう、離さないで。ずっと一緒にいて…………。
*
*
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目を開けた時に瞬時に思ったのは、なんて夢だ…ということ。
でも、ここは薄暗いけど、夢で見た紫音の家の和室の様に見える。
寝ている布団もあの淫靡なベッドじゃないし、着ている服も、ブカブカの紫音のもの。
膝で這って行って障子を開けると、控え目にライトアップされた庭が目に入った。
夢じゃない。
俺は確かに紫音の家にいて、確かに紫音に愛を囁かれて…。
記憶を辿る内に、一番重要な事を思い出して、一気に幸福感は霧散した。
こうしちゃいられない!
いつの間に眠ってしまったのか知らないが、もう夜になっている。
孝市さんの元に戻らないと!
裸足だったが、和室の窓から庭に飛び出した。
これ以上ここにはいられない。
紫音に会ったら、また引き留められる。引き留められたら、自分の気持ちも引き摺られてしまう。
紫音を守りたい。
俺なんかを愛してくれた紫音を、絶対に守る。
その一心で、庭から家の門を出た。
通りに出て、ようやく思い出した。
ここは、紫音の家は、長谷川さんの家の隣だ。
幼い頃、あの庭で泥だらけになって遊んで、長谷川さんを困らせた事があった。
じゃあ、もしかしてあの時ハンカチを届けてくれた男の子は、紫音なのかな?
俺がお礼にヒメジオンをあげたら、顔を真っ赤にして駆けて行ったっけ…。
あの時は不思議だったけど、あの反応、そう言えば紫音とまるっきり同じだ。
きっとあの男の子は紫音だ。
俺たちはあんな昔から繋がっていたんだな。
紫音はあの時の事を覚えているだろうか。
もっと早く思い出していれば聞けたのに、もう聞くこともできない。
「春」
その聞き慣れた声に、どうしてと考える間もなく振り返る。
「孝市さん…」
「こんな所で会えるなんて、俺たちはやっぱり運命の赤い糸で繋がってるんだね。もう絶対に逃がさないよ」
早足で近づいてきた孝市さんに腕を引かれて、近くに止めてあった車に乗せられた。いつもの高級車とは違って、普通の国産車だった。
「あぁ、ごめんね。春をこんな安っぽい車に乗せたくなかったんだけど、足がついちゃうとまずいから」
俺が不思議そうにしているのを見て、孝市さんが言った。車はとっくに発進していて、紫音の家はもうバックミラーにも写っていなかった。
「孝市さん、ごめんなさい…」
孝市さんの顔色を横目で伺いながら言った。
孝市さんは怒った時特有の無表情ではなく、機嫌が良さそうに笑っていたから、それはそれで何を考えているのかわからなくて不気味だった。
「今回の事は特別に許してあげる。春がこうして俺の元に戻ったんだから、それだけでいいよ」
予想もしていなかった答えに少し唖然とする。
「紫音にも、何もしない?」
「あぁ、何もしないでやるよ。その変わり…分かってるよね?」
車を運転しながらも孝市さんの目つきが厭らしいものに変わった。
分かってる。
「何でも言う通りにします」
「いい子だね。じゃあ……」
孝市さんはズボンのチャックから片手で器用に固く大きくなったモノを取り出して、見せつけるように手で揺らしてニヤニヤと笑ってこちらを見た。
春は何も言わずに身を屈めて股の間に顔を埋めると、その猛ったグロテスクな物に舌を這わせた。
紫音に綺麗だと、愛してると言って貰った直後にこんなことをするのはとても切なかったが、俺はこれから逃れられないのだから仕方ない。
紫音を守るためにするんだと自分に言い聞かせた。
「ああ、最高。気持ちいいよ。今度はお口の中でじゅぶじゅぶして」
口の中にそれを銜えて舌を這わせながら頭を上下させた。ぬるぬるの先走りがたくさん出てきて気持ち悪い。
早く終わらせたいと思って、孝市さんの好きな先端を舐めながら、同じリズムで頭を動かした。
「春すごく上手。こっち見て。…かわいくてエッチで、俺好みになったね。すぐイっちゃいそう…」
孝市さんを上目遣いに見ながら、懸命に口で扱いた。
孝市さんの物が大きさを増してきて、もうすぐ絶頂だと分かった。
これで一先ず終われる。早くイって。
先端の穴の周りを丹念に舐めて、興奮を煽った。
「出るよ、出る。春のかわいいお口の中にいっぱい出すよ」
ビクビクと孝市さんの物が波うって、その度に塩っぱくて苦い液体が口の中に広がった。
「春、見せて」
味を感じない様にすぐ喉に流し込む事はいつも許されなくて、孝市さんに口の中にちゃんと溜めてる事を確かめられる。
ツンとくる臭いに耐えながら顔をあげて、口を開けて見せた。
「じゃあ、10回モグモグして」
いーち、にー、と孝市さんが楽しそうに数える。
「…じゅう。さ、もう1回見せてごらん。…春の唾液と俺のが混ざり合ってすこく厭らしいね…。また興奮してきちゃったから、それごっくんしてしゃぶって。空港に着くまでに何回イかせてくれるかな?」
目をぎゅっと瞑って、一気に飲み込む。精液は、口の中だけでなくて喉にへばりつく感じがするから、ずっと気持ち悪いのが続く。
これで一先ず解放されると思ったのに、またあれをしなきゃならない。
でも、それよりも引っ掛かったのは…。
「空港って、どうして?」
「俺たちは今日これからフィリピンに立つからだよ。こういう事もあるかもと思って、春のパスポートも取ってあるから心配いらないよ。向こうで、誰にも邪魔されずに、一生愛し合おうね」
孝市さんの言葉に耳を疑う。
フィリピン?
一体どうなっているの?
「何で…?何でそんな所に行くの?」
「俺たちの愛を引き裂こうとする奴等がいるからさ。向こうに豪華な家を買って、夫婦二人で暮らそう。一生働かなくても、あっちでなら今以上に裕福な生活ができるぞ」
「それって、フィリピンに永住するってこと…?」
「そうだよ。俺と二人っきりの生活。楽しみだろ?」
「…ってことは、会社は?」
「会社?そんなのもうどうだっていい。俺は前から仕事なんてしないで一日中春といたかったから、丁度いい機会だったよ。春と引き離された時は焦ったが、青木紫音の自宅を予め調べておいてよかったよ。忍び込んで浚うつもりだったのに、まさか、春の方から出てくるなんてね。春だって、俺に会いたかったんだろう?」
会社を辞める?
じゃあ、もう社長でもなくなる訳で、父さんも解放されるってこと?
それなら俺はもう、孝市さんといる必要なんてないじゃないか。
「降ろしてください!俺はもうあなたの言いなりにはならない」
少し身を屈めたままの体勢で孝市さんの太股に置いていた右手をパッと離して、身体を完全に助手席のシートに戻してから言った。
「何言ってるの?春はあの小僧に会うとすぐ悪い子になるね。…俺に逆らっていいと思ってるの?」
孝市さんは、口元に余裕の笑みを浮かべていた。
もう俺を縛るものは何もない筈…それなのに、孝市さんにそう言われたら反射的に身体がすくんで咄嗟に言い返す言葉が出てこなかった。
「春の身体はもう俺の色に染まりきってるんだから。誰がそんな春を受け入れてくれる?拓弥だって桜だって、そんな変わりきった春はいらないって言うに決まってるよ」
「そんな…違う…俺は…」
「どこが違うの?おちんちん大好きだろ?さっきだって俺のこれを悦んでしゃぶってたじゃないか。美味しそうに精液まで飲んで。俺は強制してないぞ?春が自分で望んでそうしたんだよ」
違う…違う…。俺は孝市さんに求められたからしたんだ。ずっと脅されてると思ってるから…。
俺はあんなの望んでない。望んだことなんて、ない…。
「いつもお尻とおちんちんに玩具銜えて、イかせてくださいって俺におねだりするのはどこの誰だっけ?春はいつも嫌がってるフリしてるけど、本当は悦んでるのを俺は知ってるよ。悦んでなきゃ、普通あんなにイかないよ?春はあれが好きなんだ。お前は淫乱なんだよ。あんな事しないと満足できない薄汚れた淫乱、俺以外誰が愛してやれると思う?」
孝市さんの言葉に強い衝撃を受けて、頭がまともに働かない。
孝市さんに言われたことが頭の中をぐるぐる回って、頭を抱えた。
俺があれを望んでた…?
そうなのか?
確かに、孝市さんのが欲しいとおねだりだって沢山したし、気持ちいいって沢山言った。
楽になりたくてそうしているつもりだったけど、本当は違ったのかな…。
本気で望んでねだっていたのかな…。
道具を使われるのだって嫌だったけれど、本気で嫌がってた訳じゃなくて、悦んでいたのかな…。
孝市さんの言う通り、何回も絶頂させられた。
それが、悦んでた証拠…?
「春、分かっただろ?薄汚れたお前には、もう俺しかいないんだよ。俺だけが淫乱な春の身体を慰めてあげられるんだよ。俺だけをその綺麗な瞳に写して、俺だけの為にそのかわいい声で啼いていれば、もう酷いことはしないで、ずーっと優しく愛してあげる」
優しく…。
「1年頑張らなくてもいいの…?」
「あぁ、もう調教はおしまいにしてあげる。フィリピンに着いたら、二人でたくさん気持ちいい事しよう?たくさん愛し合って、永遠に二人だけで生きていくんだ。想像してごらん?すごく幸せだよ」
日本語の通じない知らない国で、優しい孝市さんと永遠に二人きり…。
しあわせ……?
ずっと優しくしてくれるなら、他に何も望まないって思ってた筈なのに、どうしてもそれが幸せとは思えない。
『ハル先輩』
胸の奥で声がした。
紫音―――。
紫音に会いたい。
このまま連れていかれたら、もう本当に本当に紫音には二度と会えなくなる。
プロになって活躍する姿をテレビを通して見ることすら叶わなくなる。
そんなのは嫌だ。
そうだ。嫌なんだ。
俺は孝市さんと生きるなんて、そんなの嫌だ。
いくら汚れてようが、淫乱だろうが、孝市さんと死ぬまで二人きりなんて、そんなの耐えられない。
俺がずっと一緒にいたいのは…共に生きていきたいのは、紫音だ。
孝市さんじゃない。
紫音に会いたい。
「俺はフィリピンには行かない。とめてください」
紫音はいつだって、俺を慈しみ、深い闇から救いだしてくれた。
「…分かってくれないみたいだね。じゃあ仕方ない。無理矢理連れていくよ。そして、もう逆らう気もおきなくなるくらいたっぷり調教してあげる」
いつだって、その笑顔に、優しさに、情熱に、救われていた。
「とめないなら、このまま降ります」
『愛しています』その言葉が俺に決別する勇気をくれた。
この鳥籠の中から、飛び立つ翼をくれたんだ。
「待て!春!!!!」
紫音、会いたいよ。
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