103 / 109

飛翔 10

暫く抱き合った後、紫音は照れくさそうにしながら、汚しちゃいましたと慌ててティッシュで俺の身体を拭いてくれた。 ピッタリくっついていたから、自分も汚れているのに、俺のことばかり気にして。 「紫音もう綺麗になったよ。ありがとう。紫音も拭かなきゃ…」 身体を起こしてティッシュに手を伸ばすと紫音がまた慌てて、いいですいいですと言って、自分でゴシゴシと拭き取った。俺の腹は撫でるみたいに丁寧に拭いたのに。 紫音の優しさがこそばゆくて、頬が緩んだ。 セックスの後にこんな気持ちになれるなんて、知らなかった。 紫音のセックスは、初めての気持ちばかり俺に与えてくれた。 どうしようもないくらい汚かった俺だけど、それでも大事にされる価値のある存在だと紫音は思わせてくれた。 乱暴にされなくても、異常なことをされなくても自分の身体はこれまで以上に悦んでいて、そのことで俺の自尊心は少しだけ回復できた。 完全に元の自分には戻れないし、まだ自分が汚れてないとは到底思えない。でも、ゆっくり紫音の色に染めて貰うことがてきたら、いつかはこの気持ちも克服できるかもしれない。 「紫音、俺を抱いてくれてありがとう」 「そんな、俺の方が言うべきことです!」 地獄の様な所から救いだしてくれたのも、俺を生き返らせてくれたのも、これからを前向きに生きられるのも、全部紫音のおかげだ。 紫音はこんなに優しくて、かっこよくて魅力的なのに、なんで俺を好きになってくれたのかな。 紫音がベッドの下に落ちていた俺の服を拾ってくれて、まだ一人じゃ着替えに時間のかかるのを手伝ってくれた。 俺が服を着終わると紫音も素早く服を着て、心なしかほっとした様な表情で隣に腰かけた。 「はあー危なかったです。ハル先輩の裸見てたら、後2、3回くらい襲っちゃいそうで…。その上あんなこと言うから、自制が効かなくなりそうでした」 「…それでさっきからあんまりこっちを見なかったのか?」 「そうです。ハル先輩魅力的すぎるんですもん…」 そんなことないと思う。紫音の方がキラキラ輝いているし、物凄く魅力的だ。俺なんかじゃ釣り合いがとれない。紫音ならどんなに綺麗な女の子とだって付き合えるだろうに、なんで俺なんだろう。 「紫音、聞いていい?」 「何ですか?」 「紫音は、なんで俺を?俺、男だし、紫音みたいにキラキラしてないし…」 「ハル先輩はめちゃくちゃキラキラしてますよ!少なくとも俺にとっては。誰よりも綺麗で、かわいくて、優しくて、笑顔が素敵で…ハル先輩は俺の初恋の人なんです。8年間、ずっと好きだったんですから」 8年?初恋? それってもしかして…。 「紫音、8年前って、もしかしてあのハンカチを届けてくれたのは…」 「覚えててくれたんですか!?」 「あ、うん。この前、ここに来た時に思い出したんだ」 紫音ははにかみながら嬉しいなと言って、語ってくれた。 「俺、実はあの時ハル先輩のこと女の子だと思ってて。しかも名前もハルだって勘違いしてて。中学でハル先輩に出会ったときは同一人物とは思わなかったんですけど、それでも俺はハル先輩に恋をしたんです。見た目が違ってても、性別が違ってても、俺にはハル先輩しか見えない。ハル先輩は、俺の運命の人なんです」 紫音は少し照れながらも、はっきり言ってくれた。運命の人だと。 俺は鈍感だから、それに気づかなかったけれど、紫音の言う通りかもしれない。 俺と紫音は、出会うべくして出会ったのかもしれない。 「嬉しいよ。俺も、紫音が運命の相手だと思う。紫音が気づいてくれてよかった。俺、鈍感だから」 紫音が一瞬でカーッと赤くなって、すぐに抱き寄せられたので背中に右手を回す。 「ハル先輩、大好きです!愛してます!」 「うん、紫音。俺も愛してる。…紫音、お願い」 「何ですか?」 「名前、呼んで?俺の名前」 背中に回った紫音の腕に、ぎゅっと力が籠った。 「春、愛してる。誰よりも何よりも愛してるよ」 紫音の鼓動が優しくて、気が遠くなるくらい幸せだ。 こんな日を与えてくれてありがとう。 紫音、愛してる。 *** それから2週間はあっという間に過ぎ去った。 午前中にリハビリの為に紫音と電車で病院に通って、午後からは紫音と二人で過ごした。 リハビリ中紫音は退屈だろうから、病院は一人でも行けると言ったが、人混みで紫音とはぐれた際に大学生くらいの男にしつこく送っていくよと付き纏われた為、絶対についていきますと紫音が譲らなかった。 タイミングが悪かっただけだと思うけど…。でもあの時男を追い払う紫音の剣幕は凄かった。俺は紫音のなんだなぁと実感させられて、少しだけ嬉しかったのは紫音には内緒だ。 俺がこんな足だから、病院以外はどこにも行けなかったが、縁側に座って紫音が俺を初めて見つけてくれた広い庭を見ながら、あの頃の話をしたり、中学で出会うまでのことをお互い話したりした。これまで知らなかった紫音の側面を見るみたいで、どんな話も楽しかった。 時には抱き合う事もあったが、俺の身体を思ってか、毎日ではなかった。 紫音とはただ話しているだけで、もっと言えば同じ空間にいるだけで幸せを感じられた。 だから、紫音と二人で過ごしたこの2週間は本当に嘘みたいに幸せな毎日だった。 紫音と一緒に料理を作るのも、手を繋いで同じベッドで眠るのも、勿論抱き合うのだって、全部がキラキラ輝く思い出になった。

ともだちにシェアしよう!