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飛翔 11

「明日はご両親に会えますね」 紫音の部屋のベッドの上で、先程まで抱き合っていた熱が冷めてきた頃に紫音が口を開いた。 「うん。ほんと久しぶりで、なんか実感わかない。……俺が変わったってバレないかが心配で…」 「大丈夫ですよ!だってハル先輩、何も変わってない。たた綺麗に成長しただけです。何回でも言いますけど、ハル先輩は少しも汚れてないんですから」 ぎゅっと大きな掌で右手を握ってくれて、それだけできっと大丈夫だと思えた。 「そう言えばハル先輩は、新学期からどこに住むんですか?実家から通うのは大変ですよね?」 「明後日、親と部屋を探しに行く予定なんだ。すぐ入れればいいけど、無理だったら、入居できるまでは車で送り迎えしてくれるってさ…。俺のせいで苦労かけたのに、また面倒かけたくはないんだけどな」 「ハル先輩のせいじゃないです。ハル先輩は何にも悪くないんですから」 紫音の声の調子が真面目になって、身じろぎして此方に身体を向けた。 「うん…。でも、俺が目立たなきゃ、あいつに目をつけられる事もなかった訳だから、俺にも責任あると思う」 「目立ったって…もしかして、それでバスケを辞めたんですか?」 「…うん。どうしても続ける気にはなれなくて…」 ガバッと紫音が身を起こしたので、紫音に倣って身体を起こそうとした。まだセックスの名残で下半身に力が入らなくてもたついていると、紫音がベッドの上で胡座をかいてこちらを見た。真剣な目だった。 「ハル先輩が綺麗なのも、かわいいのも、魅力的なのも、バスケが上手いのも、全部、悪くないです!」 紫音の力強い言葉に圧倒されて、身体を起こすのも忘れて横たわったまま紫音の言葉を聞いた。 「ハル先輩はそれでこれまでたくさん嫌な思いをしてきたと思うけど、悪いのは全部相手です。ハル先輩は何にも悪くない。だから、その綺麗な見た目も、かわいい内面も、バスケの腕も、嫌わないでやって下さい。全部、俺の愛する春の一部だから」 「紫音……」 泣きそうだ。 幼い頃から、そういう事をされてばかりの俺は、無意識に自分を責めていたし、そんな自分を嫌っていた。目立たないように隠そうと必死になっていた。 でも、本当は俺だって自分を認めてあげたいし、愛してあげたかった。 春のせいじゃない。春は何も悪くない。誰かにずっとそう言って貰いたかったのかもしれない。 堪えていた涙が溢れて、枕を濡らした。 俺は紫音の前で泣いてばかりだ。 でも、悲しいんじゃなくて、嬉しい。 俺は、俺のままでいいんだ…。 「これからは俺が春を守る。もう怖い目には遭わせないから。だから、俺が春を愛する様に、春も自分を許して、愛してあげて」 紫音の指が、涙を掬ってくれた。 俺は、自分を許してもいいんだ…。 *** 次の日の午後、紫音の家の前まで父さんが迎えにきてくれた。 紫音の前で恥ずかしかったけど、車を降りて歓迎してくれた母さんに抱き締められて、懐かしい匂いにまた泣きそうになった。堪えたけれど。 「星陵の入学式は7日?」 父さんと母さんに再会した喜びも落ち着いて、親子共々2週間お世話になった紫音にお礼を言って、そろそろ行こうかとなった時に紫音に尋ねた。 「あ、は、はい。たぶん…」 「たぶんかよ…。でも、ならうちと一緒だから見に行けないな。残念」 「いいですよ、入学式なんて。それより、携帯買ったらすぐ連絡してくださいね」 分かってるよと返事をして、少し名残惜しかったけれど、父さん達も待たせていたので車に乗り込んだ。 窓越しに手を振って、車が発進した。 紫音とは、春休み中も時間があればまた会おうと約束してある。 けれど…。 新学期が始まれば東京と千葉か。 星陵の過酷な練習量は有名だし、そう頻繁には会えなくなるだろう。 寂しくないと言えば嘘になる…。 「春、1年半見ない内に、少し大人っぽくなったな。成長したよ」 「でもそそっかしいのね。階段から落ちるなんて…」 二人は久々の再会が嬉しくてしょうがないみたいに楽しそうに話していて、春も一緒になって笑った。 怪我の理由は、両親には階段からの転落と説明してある。 そして、あの男――向田は突然失踪したことになっている。 当然、俺と向田の間にあったことを二人は知らない。 それでいい。俺は二人の前ではまだ無邪気な子供でいたかった。 「それにしても春、ウィッグとコンタクトどうしたの?」 父さんがバックミラー越しに俺を見て言った。 「あれは、もうやめることにした」 どうでもいいから、自分をないがしろにして隠さないんじゃない。 ありのままの自分を、愛せる様に。許せる様に、もう何も隠さないと決めたんだ。

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