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飛翔 15

昨日は電話しながら寝落ちしたらしい。 紫音の声を聞きながら眠ったせいか、一人だったけどぐっすり眠れて、例の夢も見なかった。 松葉杖で校門を潜ると、後ろから「春おはよー」と明るい声がして振り返った。 「おはよう斗士。久し振り」 駆け寄ってきた斗士に笑顔を向けると、周りにいた生徒がぎょっとしてこっちを見た気がした。 「怪我、まだ治らないんだ」 斗士に問い掛けられて、その視線から意識を逸らす。 「うん。でも順調だよ。あと1ヶ月でギプス取れるし」 「痛々しいなぁ」 斗士は痛そうな顔で俺の固定された手足を見た。 自分ではもうこの姿にも松葉杖にも慣れたけど、そんなに大袈裟な怪我に見えてしまうだろうか。 「でも俺、この学校に通ってて今日が一番気分いいかも」 「うん、だろうね。春の表情、別人みたいだもん。俺はようやく本当の春に会えたんだ。あーあ。あのバカよりも先に春に出会えてたら、俺が春のヒーローになれたのになぁ…」 「ヒーローか…」 その通りだと思った。 俺にとって紫音は間違いなくヒーローだ。 俺と家族を救ってくれて、今でも俺の心の支えになってくれている。 紫音がいてくれなかったら、例えあいつから逃れられたとしても、こんな風に笑えなかったと思う。 「春なに赤くなってんのー?俺冷やかした訳じゃないんだけど。俺の意図と違う所で関心しないでくれない?」 ごめんと言おうとした言葉を、後方からかかった「斗士くん」という呼び掛けに遮られた。 「うわ、和希!」 後ろからのっそりと現れた笹原に腕をとられた斗士がぎょっとした声を出した。 でも、二人腕組んでる…。 「もしかしてお前ら…」 「ちげー!和希、離せ!春に誤解されるだろ!」 付き合ってる?と聞こうと思ったが、慌てた様子の斗士の声に遮られた。 「いいじゃん。誤解じゃなくなるかもしれないし…」 「はぁ!?ありえねー!」 笹原は斗士に腕を振り回されても暴言を吐かれてもしれっと腕にしがみついていた。 笹原、なんかすごく強くなったな…。 玄関前に着くと、人だかりができていて、新しいクラスの名簿が貼り出されているのがわかった。 一番手前のA組から見ていくと、笹原の後ろに椎名の名前を見つけた。そしてずっと下の方に斗士の名前もあった。 「また3人一緒だな!」 二人に向かって言うと、二人ともまだ腕を縺れ合わせて言い争いをしていて名簿を見ていない様だった。 俺の声を聞いた斗士が「え、まじ!」と笹原を引き離して名簿を目で追っている。 「あれ?春いないよ?」 「いるよ。僕の後ろ」 「あー!そっか!」 斗士がそういうことね、とニッと笑ってくれた。笹原も面白くなさそうな表情をしながらも俺の元の名字をちゃんと知っていてくれたんだ。 「また1年よろしく」 「今年こそ春を振り向かせよー!」 「斗士くん、ほんといい加減にして」 笹原がベシンと斗士の肩を叩いた。斗士は何すんだこのやろーと言っているけど、本気で怒っている訳ではなくて、笹原を見る目も前と比べると全然違って優しくなった。 俺と紫音に、二人にしかわからない関係性があるように、この二人にも、俺の知らない歴史みたいなものがあるんだろうな。 俺の目には二人はお似合いに見えて、俺が言うことじゃないけど、うまくいけばいいのにとつい思ってしまう。 入学式の為、教室には行かずに体育館に集まった。 来賓と保護者と新入生にはパイプ椅子が用意されているが、在校生は後ろのシートが敷いてあるスペースに座らせられる。 俺はさすがに床には座れないので、担任に連れられて教職員の座る横の椅子に座らせてもらう事になった。 なんか目立って恥ずかしいけど仕方ない。 式が始まって、新入生がA組から順に整列して体育館に入ってくる。 それをぼーっと眺めていたけど、A組の先頭に、そこにいる筈のない人物を目にして、自分の目を疑った。一瞬、幻影を見たのかとさえ思ったが、その人物は確実にそこにいた。 なんで?とか、どういうこと?という単語が頭の中をグルグル回る。 その人物は――紫音はこちらに気づくと堂々と手を振ってきた。 でも、俺は手を振られても、何が何だかわからず、呆けるしかなかった。 式の間中ずっと、紫音の事ばかりが気掛かりだった。 紫音は確かに星陵からスカウトされた筈なのに、それを蹴ってここに入学したってこと? なんで?と考えうる可能性を色々想像したけれど、答えは一つしかなかった。 ……俺のせいだ。 やけに長く感じた式が終わり、新しい教室で同じ担任からホームルームを受けている間中も、自責の念を募らせた。 俺が、あんなに紫音に頼りきりだったせいだ…。 ホームルームが終わると急いで…と言っても松葉杖なので遅いけど、できる限り早く玄関に向かった。 紫音から玄関前で待ってますとメールが着ていたからだ。 階段の手前で斗士が追いかけてきて、手伝うよと松葉杖を持ってくれた。片足で降りる方が速い。 斗士が横で階段を降りながら、心配そうな目を向けてきたが、何も言えなかった。 玄関に着いて、靴を履き替えて外に出ると、玄関脇の人目を避けた壁に背中を預ける様にして紫音が立っているのが見えた。 「あいつと何か話あるんだ?…俺帰るね」 斗士にありがとうと告げて別れて、一人で紫音の元へ向かった。

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