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第5話

浴室を出てから適当に体を拭いた。 バスローブに腕を通して頭をガシガシ拭きながら部屋に戻るとバスローブ姿の男がソファーで難しい顔で電話をしていた。 暫くして電話を切って、俺に気付くと少し困ったように笑った。 「残念だよ。もう少し、君と共に過ごしていたかったのだけれど、仕事に行かなければならなくなってしまってね。君はもう少しゆっくりとしてから帰るとよいよ。机のメモ用紙に連絡先を書いておいたのでね、また連絡を貰えると嬉しい。」 「は?連絡なんてするわけないだろ!」 「それは困ったね…随分と嫌われてしまったようだ。」 男は苦笑して見せた。 また会うなんて冗談じゃない。 俺はキツく睨みつけたが、そんな威嚇は通用しないというように服を着始めた。 「黙れ。…つかお前、何者だ。」 俺はこの男を知らない。 もう会う事もないだろう。 だから名前を聞く必要もない。 そう思っていた筈だ。 でも、俺はまったく逆の事を無意識に口走っていた。 「今更になって自己紹介かい?…けれど、君の言う通り、名乗るのが筋というものかもしれないね。…俺は、八神総一郎(やがみそういちろう)。君は?」 「…黒木蹴人(くろきしゅうと)だ。」 「そう。君は、蹴人というのだね。」 「…」 「とても、素敵な名前だね。」 八神総一郎… どっかで聞いた事があるような… 「…」 「君は、これっきりにするつもりなのだろうけれど、俺は君との関係を終わらせるつもりはないよ。その事は、よく覚えておいてね。」 八神と名乗った男がそう言った。 関係… 俺との関係… それは思い出すだけでおぞましい関係だ。 断ち切らないという事は、俺を… また俺を… 「冗談じゃない。大体、よくそんな事が言えたものだな。」 「事後報告になってしまうのだけれど、連絡先は、君がシャワーを浴びている間に調べさせてもらったよ。とても教えてもらえそうな雰囲気ではなかったのでね。…これで、冗談ではないという事の証明になったかい?」 八神が俺の携帯をチラつかせた。 「ッ…お前、自分がなにしてるか分かってるのか!!」 「マナー違反…という事になるのだろうね。けれど、安心してもらって構わないよ、連絡先以外、見てはいないからね。」 「そういう問題じゃっ…」 「ふふ、少し緊張したよ。このような卑屈な事をしたのは生まれて初めてなのでね。…俺は、マナー違反を侵してまでも、君を断ち切りたくはないのだよ。…蹴人、君が連絡をしてくれなかったとしても、俺達はまた会う事になる。俺はその日を、楽しみにしているよ。」 八神がそう言いながら俺に近づいてきた。 そして携帯を手渡すと、俺の顎を指で持ち上げ、軽くキスをして部屋を出て行った。

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