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第6話

扉が閉まった瞬間、俺はヘナヘナと床にヘバッた。 八神が居なくなった瞬間力が抜けた。 ホントはいつこうなってもおかしくない状態だった。 それに、この短時間に色々ありすぎて激しく混乱している。 俺は痛む腰を押さえながらゆっくり立ち上がると冷蔵庫を開けた。 とにかく、喉が渇いていた。 豊富なドリンクの中で選んだのはコーラだ。 ホテルの冷蔵庫の中身なんてものはたかが知れているが、これだけ豊富なところから考えてもこのホテルが豪華なホテルだという事が分かった。 プルタブを引くと炭酸飲料特有の音が立った。 俺はそれを喉に流し込んだ。 炭酸が気持ちいい… スマホで時間を確認すると、まだ8:00だった。 バイトは13:00からだ。 少し横になる事にした。 散々抱かれただろう乱れたベッドで二度寝できるなんて、俺もなかなか図太いヤツだ。 コーラをチビチビ飲みながらベッドの端に座って思わず苦笑した。 八神総一郎… ヤツは一体何者だ… コーラをサイドテーブルに置いて、ベッドに寝転ぶとそのまま目を伏せた。 思った以上に疲れてたのか、俺はすぐに意識を手放した。 「…ッ…ん…」 目が覚めて、時間を確認すると11:00を回っていた。 ココが何処かも分からない。 できる事ならバイトの前に一度家に戻りたい気持ちもある。 酔った俺を運んだとしたら、遠い場所だとは考えにくい。 服に着替えているとサイドテーブルの上にコーラとは別のモノを見つけた。 それを手に取ってみるとブレのない綺麗な文字が並んでいた。 多分、八神が言ってたメモだ。 書かれていたのは携帯番号… そして一言、タクシーで帰りなさいと書かれていた。 メモがあった場所に目を移すと一万円札… 受け取りたくなかったが、自分の身体を考えれば少しでも楽に帰りたい。 こんな状況だし、受け取る事にした。 俺は金をポケットに入れて、メモはグシャグシャに丸めてゴミ箱に捨てた。 連絡をするつもりがないからだ。 炭酸の抜けたぬるいコーラを飲み干し、ヨロヨロと部屋を出て、エレベーターに乗り込んだ。 エントランスを見て気がついた。 そこは、駅の近くにあるバカデカい高級ホテルだった。 旅行雑誌やらパンフやらを見るのが好きな俺がココをチェックしていないわけがない。 それに、このホテルは東京に出てきた日、初めて食事した場所でもある。 駅の近くだからと軽い気持ちで入ったが、場違い感が半端なくて一緒に上京した幼なじみの颯斗と二人でキョドった記憶がある。 こんな場所に連れ込むなんて、八神が只者じゃない事は明らかだった。 穴が開く程読んでいる旅行雑誌の常連であるこのホテル… 一度は泊まってみたいと思っていた。 まさか、こんな形で泊まる事になるなんて思ってもみなかった。 溜息を吐きながら外に出ると、あまりに日差しが眩しくて目を細めた。 そして、ホテル前に止まっているタクシーに乗り込んでアパートを目指した。 「…そこ、右に曲がったところで降ろしてください。 」 タクシーの揺れが眠気を誘った。 少し寝ただけじゃ疲れが取れない程弱っているらしい。 それに頭痛も酷い。 おまけに腰は怠いし、ケツと腹が痛い。 心身共に最悪の状態だ。 強くもない酒を飲み過ぎた自覚はある。 自業自得… そう言われたらそれまでだ。 記憶が全くない… なぜ、どうしての堂々巡りだ。 お金を払ってタクシーを降りた。 東京に出てきて3年目、俺は初めてタクシーに乗った。 タクシーは俺にとってそれだけ高級だというわけだ。 「…痛ッ…」 痛むケツと腰を庇ってヨロヨロ歩いた。 アパートの階段が辛い… 鉄階段特有の音がいつもより鈍く感じる。 やっとの思いで部屋に辿り着くと、もう一度シャワーを浴び直して下着と服を変えた。 俺は両頬を思いっきり二度叩き、自分に喝を入れてバイト先に向かった。 当然チャリなんかに乗れる筈もなく、徒歩で行く羽目になった。 正直、徒歩も辛い… 八神、マジで死ね… 脳内で悪態をつきながらバイト先までの道を歩いた。

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