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第7話
バイト先に着いたのはギリギリだった。
「お、来たか。シュートがギリギリとか珍しいな。」
「…お前がいつもギリギリすぎるんだろ。」
「で、遅れた理由は彼女?それとも彼氏?そっかそっか、ついにシュートにも春が来たか…」
「そんなわけないだろ。」
「だよなー、セックス大好きヤリチンシュートに恋人なんてできるわけないよな!」
「颯斗、お前なぁ…」
「いいキャッチコピーだろ?セックス大好きヤリチンシュート!!ぷぷ。」
「黙れ…」
タイムカードを押しながら青筋を浮かべて颯斗を睨んだ。
ちなみに俺をシュートと呼ぶのは幼なじみの新見颯斗 だ。
颯斗とは、生まれた時からずっと一緒に育った。
蹴る人と書いて蹴人…
これはある種キラキラネームに近い名前だと思う。
読もうと思えば読めるが、大体詰まる。
ケリトとかケルトとかケリヒトとか、俺はどれだけ蹴るんだって話だ。
ちなみに母ちゃんと父ちゃんはサッカー好きだ。
そんなくだらない理由でつけられた名前でも、俺はこの名前を気に入っている。
俺が生まれてすぐに死んだ父ちゃんが俺に唯一残したのがこの名前だ。
今、俺はド田舎の実家を離れて東京の大学に通っている。
このカフェでバイトをしながらの一人暮らしだ。
勉強はできる方だが、家事全般は苦手で、部屋は一週間もすればたちまちゴミ屋敷状態になる。
それを避ける為に1週間に2、3回、家事が得意な颯斗が掃除に来る。
「シュート、早く着替えないと店長来るぞ。」
「あぁ、わかってる。」
颯斗と喋りながら、黒のスラックスに白いシャツ、茶色のカフェエプロンというバイト先指定の服に着替えた。
バイトは午後に講義がない日の昼間に入っている。
ちなみにこのカフェは夜はバーになる。
昼間が嘘みたいに顔を変える。
昨日は給料日で、颯斗とそのバーで飲んでいた筈だ。
「黒木、新見、昼礼するぞ。」
颯斗に事情を聞こうとした瞬間、店長に呼ばれた。
ちなみに店長の名前は瑞波テツ太 -みずなみてつた- さんだ。
面倒見がよく、東京に不慣れな俺たちに色々と教えてくれた。
簡単に昼礼を済ませてからホールに出た。
俺は相変わらずヨロヨロ歩きだ。
クソ…
ふざけるな…
強姦魔…
死ね、マジ死ね!
俺の頭は八神に向けた悪態で溢れていた。
やり場のない怒りに、一発ぶん殴ってやればよかったと後悔した。
「…痛ッ…」
しゃがむ度に腰に鈍痛が走った。
腰を摩りながらヨロヨロ歩いていると、窓際の客に呼ばれた。
営業スマイルを浮かべながら客のもとへと向かった。
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