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第19話
分かっていても言葉がでない。
それは、あまりに八神が必死な顔をしていたからなのか、出ようが出まいが俺の勝手だと思っているからなのか…
どちらかは分からない。
「ねぇ、蹴人。…俺が、何度電話をしたか、知っているかい?」
「…」
「34回だよ…」
「…」
「何故だと思う?」
「…」
訳がわからない。
一体八神がなにを言いたいのかが分からない…
「その理由を君が理解できていないであろう事は分かっているよ。けれど、よく考えれば分かる事だよ、蹴人…」
理解できるわけがない。
知り合ってまだ一ヶ月も経っていない。
そんな浅い付き合いのヤツの事なんて分かるわけがない。
分かりたくもない。
「黙れ!!…別に、最初から行く気なんてなかった。だから、あの日は俺もばっくれて帰った。電話だって、出る必要がなかったから出なかった!…それだけだ。」
なぜか声が震えた。
怒りも込み上げてきた。
そうだ、俺は…
悔しかった。
ずっと…
あの日からずっと、悔しかった。
その気持ちが溢れ出た。
「ふふ、やっと君の声が聞けた…」
「黙れ…」
「約束を守れなかった事、本当に申し訳なく思っているよ、蹴人…」
「…ッだから、俺は別に…ばっくれたって言ってるだろ…」
腹は立つけど、八神はきちんと謝った。
だから、この件は…
この件に関しては許すつもりだ。
「…蹴人。今夜もう一度、改めて君を誘いたいのだけれど、よいかい?」
「嫌だ。もう、また待たされるのは、…ごめんだ…」
「やはり、君は待っていてくれていたのだね。」
「…ッ…」
うっかり口走った言葉はもう取り消す事はできない。
グッと距離が詰まって、八神の手が俺の頬に触れた後、その指先がそっと頬を撫でた。
「今度こそ、必ず迎えに行くよ。だから、俺を信じて待っていてほしい。」
「…ッ…勝手にしろ…」
八神を睨んだ。
そんな俺を見て、八神は小さく笑った。
どこまでもムカつくヤツだ。
「…ありがとう、蹴人。」
「いつまで撫でてるつもりだ。止めろ…」
「仕方のない事だよ。君があまりにも可愛らしいものだからね。では、また後程。アルバイト、頑張ってね。」
八神は会計を済ませて出て行った。
どこまでも強引なヤツだ。
俺はあの日から振り回されてばかりだ。
完璧に調子を狂わされている。
今だってそうだ。
拒否できた筈だ。
それなのに…
あんな目弱々しい顔をされたら、拒否できるわけがない。
八神の声は甘すぎて、俺の頭をバカにする。
こんなのは、俺じゃない…
その後、颯斗と昼飯を食って、普段通りに働いた。
店が忙しかったせいか、気づいたらもう上がる時間だった。
着替えを済ませてタイムカードを押した。
「シュート、俺壱矢さんとデートだから先帰るな!お疲れ!!シュートも頑張れよー。」
「あ?」
「イケメン社員さんとのデート!」
「なにがデートだ。そんなわけないだろ!」
「まぁまぁ、素直に認めなさいな、シュートくん。」
颯斗は楽しそうに言いながら出ていった。
俺はこの先の事を考えると憂鬱で仕方がない。
そんな自分に喝を入れるように顔を二度叩いてから店を出た。
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