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第7話

最近の日課はといえば、海外に住む義弟と連絡を取る為だけに使用しているスマートフォンを眺める事だ。 「仕事中にニヤニヤとだらしなくスマートフォンを眺めるのは止めてください。」 「だらしないとは人聞きが悪いね、折戸。」 「ヨダレが出ていましたよ。」 「ふふ、まさか。」 そのように言いつつも、折戸が言うようにだらしのない顔をしている自覚はある。 念の為に口元に手をあてた。 「冗談です。…冗談ですが、あまりに酷いと没収しますよ。」 「没収されては困るね。取引先から連絡があるかもしれないからね。」 「取引先の連絡でしたら、秘書室を通じての連絡ですから、スマートフォンは必要がないでしょう。」 「…」 正論だ。 折戸の言葉には納得をせざるを得ない。 仕方なくスマートフォンを仕舞った。 「良くできました。では、ご褒美にコーヒーを差し上げましょう。」 コーヒーは、普段から好んで飲んでいる。 昔から身近な飲み物だ。 幼い頃に亡くなった母の影響なのだろう。 コーヒーの香りと独特な味わいが母を思い出させて、とても落ち着く。 「ふふ、有難くいただくよ。」 遊ばれているのだという事を理解しながらも、素直に受け取った。 道路を隔ててこの会社の真正面にあるカフェ… それが、彼と新見君のバイト先だ。 そのカフェで提供されているコーヒーは、母が飲んでいた物に香りも味わいもよく似ていた。 単純ではあるけれど、彼が働いているという事が分かってからは、更に美味しいと感じるようになった。 彼が作った物なのかもしれないという期待がそうさせているのかもしれない。 「このコーヒーは貴方が病的なまでに夢中になっている黒木君が持ってきた物ですよ。」 「黒木?」 「黒木蹴人…彼のフルネームです。」 「ふむ…折戸は少々、彼に関して詳しすぎるのではないかい?…妬けてしまうね。」 「私に嫉妬の目を向けるのは止めてください。彼に関して詳しいのは、颯斗君にいつも聞かされているからです。」 「折戸、これからは新見君に聞いた話は逐一俺に報告するように。よいね?」 「嫌ですよ、面倒くさい。なぜ私が貴方のプライベートの世話までしなければならないのですか?」 「酷いなぁ。」 「貴方が彼に直接聞いたらよいではないですか。」 「え…」 考えてもみなかった事だ。 俺が直接… しかし、会ってどうするというのだろうか。 "はじめまして"と手を握ったらよいのだろうか。 "一目で心を奪われてしまいました"と正直に告げればよいのだろうか。 彼を前にした自分の姿などは想像すらもできない。 「いつものようにニコニコと余裕に構えていればよいのですよ、貴方は。」 「君、俺を小馬鹿にしているね?」 「まさか。貴方の事をストーカーのように感じた事など一度もありませんよ。例え、決まった曜日の決まった時間に双眼鏡でカフェを覗いてはニヤニヤとしたりしていたとしても、私は貴方をストーカー呼ばわりしたりなどしませんよ。」 「…」 「もちろん、病的だなんて思ってもいませんよ。」 「俺を病的なストーカーであると思っているのだね?」 病的… 折戸の言葉は普段からグサグサと突き刺さる為、ダメージが大きい。 写真や双眼鏡越しにしか見た事のない彼に、なぜこんなにも惹かれるのだろうか。

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