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第12話
仕方なくハンガーに掛かったスーツを着て社長室を出た。
秘書室では、折戸が意地の悪い笑みを浮かべて待っていた。
「話は颯斗くんから聞きましたか?颯斗くんがバイトをしているカフェが夜はバーになるんですよ。それで総一郎、どうしますか?」
「あまりに唐突で…」
「このままだと、颯斗君にヘタレのレッテルを貼られてしまいますよ?」
「もう貼られているよ。」
「これは、撤回のチャンスです。」
折戸は俺の扱いが上手い。
撤回という単語一つで、逃げ道を封鎖してしまっただけでなく、俺をその気にさせた。
「…分かったよ、行こうか。」
決断をしてしまえばそこから先は早い。
なにせ、その場所は目と鼻の先なのだから…
俺は、折戸と共にリベンジの地へと足を進めた。
店内へ入ると、そこ場所はカフェの時とは全く違う雰囲気に包まれていた。
少し薄暗い照明…
カウンターにはシェイカーを振るバーテンダー…
客層も年配者が多いように見受けられた。
「とりあえず座りましょうか?ここでしたら颯斗君と黒木君の動きがよく見えますからね。」
「あぁ、そうだね。」
新見君達の席からは死角なっている場所を選び腰をかけた。
折戸の言う通り、二人の様子がよく見えた。
ビールを頼み、飲みながら二人の様子を伺う事にした。
「遠目で見ても颯斗くんはいい男ですよね。スラッと伸びた身長や、身体のライン…出会った当初よりも更にいい男になってしまった。しかし、可愛らしい部分は全く変わらない、本当に愛おしい存在です。」
「…」
そう話した折戸の横顔はとても綺麗なものだった。
人は誰かを愛するとこのような表情をするものなのか…
俺も彼をこのような表情で見る日が来るのだろうか…
ビールを飲みながらそのような事を考えていた。
「…ごく偶にですが、不安にもなるんですよ。私はこの先、もう老いていく事しかできませんが、彼にはまだまだ伸びしろがあります。きっと、これから颯斗君はもっと素敵な男性になる。…そうなった時に颯斗くんは私を選んでくれるのだろうかと…不安になるんです…」
「…」
折戸がビールを一口飲んでから苦笑した。
不安気で自信のない折戸を見たのは初めての事だ。
「総一郎にも、いつか分かる日が来ますよ。その相手が黒木君であれば…と私は願っています。」
そのように思ってくれている折戸に感謝しつつも、胸が騒ついた。
執着と愛情は違う。
今はあくまでも欲求に近いものだと思う。
彼に愛される日が来るのだとしたら、どんなに幸せだろうか…
しかし、そのような事は、俺の勝手な欲求でしかないのだ。
一方的に気持ちを押し付けているだけに過ぎない。
相手を理解し、相手の考えている事を想像し、相手の幸せを一番に考え、その立場に立って気持ちを伝え続ける事が愛情なのだという事は理解している。
しかし、俺はまだその努力さえもしていないのだ。
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