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第13話

まずはその第一歩として… せめて… せめて、彼の心に俺という存在を刻みつけたい。 「…そろそろですかね。」 「そろそろ?」 「そうです。私が颯斗くんを電話で呼び出しますので、あとは貴方次第ですよ、総一郎。…全ては、貴方次第です。」 全ては俺次第… 折戸は立ち上がり、俺の肩を軽く叩いてから店を出て行った。 そして暫くし、新見君も席を立ち姿を消した。 折戸も新見君も居なくなり、彼に目を向けると、その背中がユラユラと揺れていた。 俺はゆっくりと立ち上がり、一歩、また一歩と彼に近づいた。 恐らく、酔いが回っているのだろう。 その揺れが大きくなる。 このままでは椅子から落ちてしまうのではないかと心配になり、軽く彼の背を支えた。 「君、危ないよ、大丈夫かい?」 今日、この瞬間が俺と彼とのはじまり… スタートラインにすらも立っていなかった俺が、一歩を踏み出した瞬間だった。 とても至近距離で彼と目が合った。 彼は、ビー玉のようにキラキラとした、希望に溢れる若者の目をしていた。 この輝きは、もう俺にはないものだ。 「あぁ、悪い…」 彼は自力で体勢を直した。 写真の中の彼とも、カフェで見た彼とも違う… あの日、カフェで聞いた彼の声よりも低く、それでいて素っ気ない… 今、俺の前に居る彼は、限りなく素に近いのかもしれない。 「…隣、よいかな?」 「…なんだ?…奢ってくれるのか?…それとも、誘ってるのか?…」 その言葉の意図を理解する事に少し時間がかかった。 俺としては、そういうつもりで声をかけたわけではないのだけれど、このチャンスを逃してしまえば、もうこのようなチャンスは二度と訪れないかもしれない。 「それは、どうだろうね。」 「あんた、顔綺麗だし、相手になってやる。」 「…ッ」 彼の指先が俺の頬に触れた。 その動作はあまりに手慣れたものだ。 そして、久しぶりに押し寄せてきたものは、もう俺には不要であると思っていたものだった。 困った事になった。 触れさえしなければ、このような欲は湧かずに済んだというのに… 性欲… 指先だけで、簡単に湧き上がってしまった。 俺は、彼と話さえできればそれでよいと思っていた筈だった。 「なんかあんた、反応が可愛いな…嫌いじゃない。」 可愛らしいのは君の方だ。 お酒に酔って赤くなった頬… 誘うようにとろけた目… 俺を煽るには十分すぎた。 「マスター、このお店で一番強いお酒をいただけるかい?あと、彼にお冷やを。」 男性を相手にした行為の経験はない。 強めのお酒をオーダーした理由… それは、とても安易なものだ。 お酒の力を借りたいと思う程に余裕がなかったのだ。

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