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第21話
サイドテーブルの上のティッシュペーパーで汚れたモノを処理し、下着とズボンを履き直した。
床で皺になったシャツを見て苦笑する。
それを拾い椅子に掛けてから、クローゼットを開いて糊の利いた真っ白なシーツを取り出し袖を通し、ボタンを留めながらソファーに座った。
まだ身体に熱が残っている。
隣に彼が居て、共に余韻に浸れたのならば…
今の関係でそこまで求める事できない。
なにより、大人しく俺の腕に収まってくれるタイプでもなさそうだ。
酷くフラついていたが、彼は大丈夫だろうか…
少々無理をさせすぎてしまった。
初めてであるという事が分かっていたなら…
分かっていたところで抑えられただろうか…
おそらく、彼を前に自制などできる筈もない。
シャワーを浴びるだけにしては少々長いように感じる。
俺は、彼の様子が気になり、洗面所へと向かった。
硝子扉が湯気で曇っていて彼の姿はよく見えない。
「随分とゆっくりだけれど、大丈夫かい?」
「黙れ!!お前には、…関係ない…」
気の利いた言葉が浮かばない。
もしもその言葉を口にできたとしても、今の彼にはその言葉は届かないだろう。
大分、嫌われてしまった事が、彼の声色から理解する事ができた。
追い払うかのように硝子扉にシャワーがかけられた。
曇っていた硝子扉が一瞬クリアになり、水滴が落ちていく側からまた曇っていった。
数秒間…
いや、一瞬彼と目が合った。
その一瞬は、とても長く感じられた。
先程までの情事のせいか、彼が纏った色気がそのような錯覚を起こさせたのだろう。
部屋に戻ると、ベッド下に無造作に散らばった彼の衣服が目についた。
それらを拾い集めていると何かが鈍い音を立てて落ちた。
スマートフォン…
それを見た瞬間、卑屈な考えが頭を過った。
素直に連絡先を教えるなどとは到底思えない。
どのような形でもよい。
彼との関係を継続させる為には…
例え、卑屈な事であっても…
彼のスマートフォンを開く。
この時代にロックもかけていないだなんて無防備すぎる…
俺と同じような考えの者が居たら…
「心配だな…」
これっきりにするつもりなど微塵もありはしない。
自分のスマートフォンに彼の電話番号を登録した。
その時、俺のスマートフォンが鳴った。
着信の相手は折戸だ。
「はい。」
折戸から告げられた内容…
部下がトラブルを起こして先方がご立腹なのだそうだ。
まだ出勤時間には早い…
今日起きたトラブルではないという事が分かる。
今更になって何故…
先方の意図が読めない。
俺が足を運ばなくてはならない程のトラブルなど、滅多にありはしない。
取引継続の条件として、俺を指名してきたというのだから随分と馬鹿にされたものだ。
ようは、俺に頭を下げろという事だ。
このトラブルにより受ける損失の事を考えれば素直に応じておくべきだろう。
折戸からの電話により、俺はいつもよりも早い出社を余儀なくされた。
なににせよ、トラブルの解決は遅くなる程困難となるものだ。
先方がご立腹となれば尚更の事…
彼ともう少し同じ時間を共有していたい気持ちはあるけれど、それを押し殺してメモを残した。
様子からして、いくら駅前のホテルだからといって徒歩での帰宅は困難だろう。
財布から一万円札を取り出し、メモの下に置いた。
まるで、その一万円札で彼の身体を買ったような虚しい気分になった。
「出先なものでね、一度帰宅して着替えを済ませてから向かうよ。なるべく早く…そうだな、一時間後くらいには着けると思う。言う必要もないとは思うけれど、アポを取っておいてもらえるかい?呼び出されたとはいえ、マナーは守るべきだからね。あと、車内で読む資料もまとめておいてもらえると助かるよ。どのような案件であったのか、理解しておきたい。よろしく頼むね、折戸。」
そのように折戸に伝え、電話を切った。
折戸は仕事が早い。
既にアポは取れている状態で、資料も作成済みなのだと思う。
俺を立てる為にあえて言わせてくれているところが、いかにも折戸らしい。
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