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第25話
折戸の存在には感謝をしている。
良い友を持った。
俺を見守り、俺に尽くし、時には厳しく接する。
折戸の存在無くして、今の俺は存在しない。
「…ありがとう、折戸。」
「だから、今更だと言っているでしょう?」
折戸はミラー越しに苦笑した。
その後は無言が続いた。
俺はこの時間が嫌いではない。
無言さえも心地良い…
暫くして、折戸が車を止めたのは蹴人のアルバイト先であるカフェの前だ。
俺は、車を降りて店内へと入り、この間座った席に腰を下ろした。
あれ程までに無理をさせてしまったのだから、流石に今日は休んでいるだろうと思いつつも、心配で様子を見に来てしまった。
その心配は的中する事となった。
ヨロヨロとしながら働いている蹴人を見つけてしまったのだ。
いてもたってもいられず、軽く手を上げ、声をかけた。
蹴人がそれに応えてヨロヨロと歩きながら此方に向かってきた。
呼びかけに応じた事からして、彼はまだ俺だという事に気づいてはいないらしい。
そして、席の前まで来てようやく俺だという事に気づいたのか、笑顔のまま固まってしまった。
「やぁ、蹴人。また会えたね。」
驚いた表情の蹴人も、とても可愛らしい。
「お前、どうしてココに…」
「正面のビルが俺の勤務先だからだよ。偶然入ったお店に君が居るだなんて驚いたよ。あまり運命などは信じないのだけれど、運命を感じざるを得ないね。」
「運命って…」
「いや、運命と言うよりかは必然と言うべきだろうか。君と俺は出会うべくして…」
「黙れ。」
どうやら、蹴人は余程俺と話したくはないらしい。
しかし、この程度で引き下がるわけにはいかない。
蹴人との関係は長期戦になるのだという事は覚悟している。
簡単に手に入るとは端から思ってはいない。
難しいからこそ、余計に欲しくなる。
「デリバリーサービスを利用しようかとも思ったのだけれど、横着をしないで正解だったようだね。またこうして君に会う事ができたのだから。」
嘘をついた。
嘘を重ねればそれだけ遠くなる。
理解はしているのだけれど、真正面からぶつかる勇気もない。
「そうでしたか。お仕事がお忙しいようですから、次回からは是非、デリバリーサービスをご利用ください、お客様。」
営業スマイル…
幾度となく、様々な場面で目にする。
このようなものを蹴人から向けられてしまうなど、流石の俺も正直こたえる…
しかし、悟られるわけにはいかない。
「君が届けに来てくれるのであれば是非利用させてもらうよ。」
俺も余裕を装い笑んだ。
立っている事も辛いのだろう、足が震えている。
その可愛らしい姿に、意地の悪い感情が芽生え、彼の腰に手を回して軽く撫でた。
「ッ…ふざけるな…」
「とても辛そうだったのでね。君を残して帰ってしまった事を酷く後悔していたのだよ。きちんとタクシーで帰宅したのだよね?」
「あぁ…とても帰れる状態じゃなかったからな。」
「そのような状態でもアルバイトは休まないのだね。」
「当たり前だ。バイトとはいえ仕事は仕事だ。簡単に休むわけないだろ。…で、注文は?」
小声でそう口にした事から察するに、どうやら彼はプロ意識が強いらしい。
「では、アイスコーヒーをお願いしようかな。」
「アイスコーヒーですね、かしこまりました。後程お持ちしますので、ごゆっくりお過ごしください。」
「ありがとう。」
このような事を口にしながらも、内心は早く帰ってほしいといったところだろうか。
彼の視線が明らかにそのように言っている。
本当に、なんて可愛らしい子なのだろう。
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