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第29話

そのような時に、幾度となく頭に浮かんだのは蹴人だ。 何日も蹴人の声を聞いていない。 それも、不安定な要因の一つなのかもしれない。 そして、俺は蹴人と交わした約束を思い出した。 あんなにも楽しみにしていた日を失念していた。 それ程までに余裕がなかったのだ。 日本を出て数日… 約束の日はとうに過ぎている。 蹴人は、怒っているだろうか… それとも… あの人と同じように、俺の事など考えてもいないのかもしれない。 無関心だなんて… まだ不機嫌な声で対応される方がよい。 約束を破ってしまった俺に、そのような事を考える資格はないのだろうけれど… この際、どのような感情であっても構わない。 俺という存在を認識してくれるのならば、形は問わない。 連絡を取ろうにも、スマートフォンは自宅に置いてきてしまった。 スマートフォンは元々俺の生活に必要のないものであった。 持ち歩く習慣がついたのは蹴人と出会ってからだ。 また、嫌われてしまうだろうか… 悪い事ばかりが頭を巡る… 日に日に追い詰められる… そのような極限の生活が二週間程続いた後、俺はようやく帰国する事ができた。 自宅に戻ると、何よりも先に蹴人に連絡をした。 当然ながら、何度かけようとも留守番電話に繋がるだけだ。 電話し続ける事、34回… 流石の俺も折れた。 その夜は、眠る事ができなかった。 朝、鏡に写る自分を見て苦笑した。 とても見せられた顔ではない。 冷水で顔を引き締めた後、いつも通りの身仕度を済ませ、出社した。 「折戸、蹴人が電話に出てくれない。34回も電話をしたというのにも関わらず…」 溜息をつきながら椅子に座り、全くやる気のない俺に折戸が冷ややかな目線を送る。 「回数を覚えているだなんて気持ちが悪いですね。」 「酷いね、君は。励ますどころか、更に打ちのめすつもりかい?」 「酷いのは顔だけにしてください。今の貴方の顔、幼稚園児でも書けるレベルですよ。」 「…君が段々と悪魔のように見えてきたよ。」 「失礼な人ですね。それに、私は本当の事を言ったまでです。とりあえず、仕事をしてもらわないと困るので、問題を解決してきてください。今すぐに!早急に!」 「え、問題を解決って…」 「黒木君のところへ行きなさいと言っているのですよ。」 「ちょっと待って、折戸。まだ心の準備が…」 「ヘタれた事を言っている場合ですか!二週間分の仕事が溜まっているのですから、これ以上溜められたら困ります!さぁさぁ、行った行った。」 折戸にガミガミと言われながら、まるで追い出されるかの如く会社を出た。 目の前のカフェがとても遠くに感じられた。 意を決して店内に入るといつもの席に座った。

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