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第30話

久しぶりに蹴人の顔を見られる事は嬉しいのだけれど、同時に怖さもある。 俺は、見誤るわけもなく、早々に蹴人を見つけた。 バイト中ではないのだろうか、蹴人は私服姿だった。 正面には新見君の姿もあった。 暫くして、蹴人と目が合った。 ビー玉のようにキラキラとした瞳に吸い込まれそうになった。 一瞬でも目をそらせば逃げられてしまいそうで、視線で彼を捕らえた。 俺が席から立ち上がると、蹴人も同じように立ち上がった。 俺が近づく度に蹴人が後ずさる。 蹴人の動きを止めたのは、俺の視線ではなく壁だ。 引き寄せてこの腕に収めてしまいたくなる気持ちを抑え、彼まであと三歩ほどのところで足を止めた。 「蹴人…」 蹴人の対応が怖い… 俺は、なんて情けないのだろう。 このような姿を、蹴人には見せたくはなかったのだけれど、蹴人を前にした俺にそのような余裕などはなかった。 「…」 「蹴人、この間は連絡もせずに申し訳ない事をしたと思っているよ。」 「…」 「…何故電話出てくれなかったのだい?」 「…」 「ねぇ、蹴人。…俺が、何度電話をしたか、知っているかい?」 「…」 蹴人は黙ったままだ。 早く声が聞きたい。 どのような言葉でも… 例え、その言葉に傷つけられたとしても、蹴人にならば構わない… 「34回だよ…」 「…」 「何故だと思う?」 「…」 「その理由を君が理解できていないであろう事は分かっているよ。けれど、よく考えれば分かる事だよ、蹴人…」 「黙れ!!…別に、最初から行く気なんてなかった。だから、あの日は俺もばっくれて帰った。電話だって、出る必要がなかったから出なかった!…それだけだ。」 「ふふ、やっと君の声が聞けた…」 「黙れ…」 蹴人にした事やされた事を、俺が忘れるわけがない。 例え何であろうとも、蹴人の事は全て覚えている。 それが、電話の回数であったとしても… 俺の中で蹴人はそれ程までに可愛らしく、愛おしい存在なのだ。 「約束を守れなかった事、本当に申し訳なく思っているよ、蹴人…」 「…ッだから、俺は別に…ばっくれたって言ってるだろ…」 「…蹴人。今夜もう一度、改めて君を誘いたいのだけれど、よいかい?」 「嫌だ。もう、また待たされるのは、…ごめんだ…」 「やはり、君は待っていてくれていたのだね。」 「…ッ…」 待っていた事を隠そうとするだなんて、可愛らしい事をしてくれる蹴人に我慢も限界を迎えてゆっくり蹴人に近づいた。 怯えてしまわないようにゆっくりと… 蹴人は、思っていた以上に臆病で傷つきやすい子のようだ。 自分では気付いていないのだろうけれど。 蹴人の頬に触れて、指先でそっと撫でた。 意外にも蹴人はそれを嫌がらなかった。 「今度こそ、必ず迎えに行くよ。だから、俺を信じて待っていてほしい。」 「…ッ…勝手にしろ…」 「…ありがとう、蹴人。」 睨みながらもそのように言って、俺の言葉を受け入れてくれた事がなによりも嬉しかった。 蹴人の柔らかめの触り心地の良い猫っ毛を撫でながら、今夜に会うという約束で蹴人を縛りつけた。 「いつまで撫でてるつもりだ。止めろ…」 この手を振り払おうとすれば、いくらでも振り払える筈だ。 けれど、振り払う事なく、言葉でだけ拒否をする蹴人が可愛らしい。 蹴人の全てが可愛らしい。 「仕方のない事だよ。君があまりにも可愛らしいものだからね。では、また後程。アルバイト、頑張ってね。」 俺は会計を済ませて会社に戻った。 仕事中も時計が気になって仕方がなかった。 そして珍しく定時ぴったりに会社を出た。

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