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第32話

エレベーターを降りると蹴人が後ろから着いてきた。 本当に、可愛らしい… 思わず笑みが零れた。 門を開いて奥に進む。 鍵を差し込み、扉を開いた。 「蹴人、どうぞ上がって。」 部屋に入るようにと促すと少し戸惑いつつも、蹴人は中へ入った。 先に靴を脱いで部屋に上がり来客用のスリッパを出した。 「…お邪魔します。」 靴を揃える蹴人の後ろ姿を見つめながら、きちんとした子だと感心した。 確かに蹴人はもう大人だけれど、近頃はそれすらもできない大人も少なくはない。 きっとご両親の育て方が良かったのだろう。 蹴人は俺が出したスリッパを履いて部屋に上がった。 リビングの電気をつけると蹴人が辺りを見渡した。 俺にとっても久しぶりの我が家だ。 蹴人は扉の前に立ったまま動く気配がない。 蹴人はきちんとした子だと先程の行動で理解できた。 察するに、身の置き場に困っているのではないだろうか。 「蹴人、ソファーに座って待っていて。」 「分かった。」 「蹴人、何か飲むかい?」 「あぁ。」 キッチンに向かい、ソファーに落ち着いた蹴人に声をかけた。 口にしてからしまったと思った。 久しぶりの我が家には食べ物はおろか、気の利いた飲み物もなかった。 幸いにも彼はなんでも良いと言ってくれた。 引き出しを開くとインスタントコーヒーがあった。 やかんに水を張り、火をかけた。 マグカップに粉を入れてお湯が沸くのを待った。 水ならば冷蔵庫に常備している。 暫くするとやかんが音を立て、火を止め、それをマグカップに流し込んだ。

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