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第33話
マグカップを持ち、ソファーに向かうと蹴人が気持ちよさそうに寛いでいた。
俺の空間で蹴人が寛いでいる。
それだけの事がとても嬉しく感じた。
「蹴人、待たせたね。」
「別に待ってない。…つか悪い、かなり寛いでた。」
「よいよ。俺としてはとても喜ばしい事だからね。」
「…」
「はい、どうぞ。カフェの従業員にインスタントのコーヒーを出すなど、失礼な話だけれどね。」
身を屈めて、蹴人の目線になってマグカップを渡した。
「…いや、従業員っていっても只のバイトだ。」
蹴人はそのマグカップを受け取った。
「どちらにしても、お客様にお出しする飲み物がインスタントコーヒーでは、申し訳なくてね…」
「いや、むしろ助かる。」
「え?」
「ココには馴染みのないものばかりだ。だから、安心とする…」
「そう、それならばよいのだけれど…」
まさかインスタントコーヒーを出す事になるとは…
蹴人は文句も言わず、カップに口をつけた。
熱いのだろうか、ゆっくりと飲む蹴人が可愛らしくて、ずっと見ていたいなどと思いながら蹴人を見つめた。
「…見るな。」
俺の視線に気づいたのか、蹴人がそう言うと目線をそらされてしまった。
遅かれ早かれ、蹴人とはきちんと話さなければならない。
俺たちがなぜあのような経緯になったのかというを…
「…ねぇ蹴人、少し話をしようか。」
きちんと話をしなければ、俺と蹴人の関係は永遠にこのままだと思った。
せめて、蹴人が知りたい事だけでも…
「あぁ。お前には、聞きたい事が山程あるからな。」
「そうだね。今日は、きちんと話をしなければと思って君を誘ったのだよ。」
「まず、あの日の事が知りたい。お前とどういう経緯であんな事になったのか、それを説明しろ。」
少し困ってしまった。
あの日よりも以前から、一方的に思いを寄せていただなんて知られてしまえば呆れてしまうかもしれない。
俺はその事を隠してあの夜の話だけをする事にし、ゆっくりと口を開いた。
「…あの日、君がお酒を飲んでいたという事は覚えているかい?」
「あぁ、颯斗…いや、友達と飲んでた。」
ここまでの記憶はあって当然だ。
問題はその先の記憶…
一体、蹴人はどこまでを覚えているのだろうか。
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