73 / 270

第34話

その先の記憶を探るべく、質問を続けた。 「では、俺と会話をした事についてはどうだい?」 「誰かと話したような気はする…。でも、酒がまわってたから、それがお前だったのかは分からない。」 「君と会話をしていたのは紛れもなく俺だよ。…蹴人があまりにも可愛らしかったものだから、少し話をしてみたいと思ってね、俺から声をかけたのだよ。」 「…お前、目が腐ってるのか?」 「ふふ、酷いなぁ。書類に目を通す時には眼鏡を使用する事もあるけれど、視力は悪い方ではないと思うよ。」 「そうか。なら急に悪くなったのかもな。とりあえず眼科に行け。」 「心配をしてくれているのかい?嬉しいな。」 「…なぜそうなる。」 「話が少しそれたね。一度戻そうか。俺が声をかけた時には君はだいぶ酔っていて、俺が頼んだ少し強めのお酒を口にした。」 「強めの酒って、やっぱりお前、初めっからそのつもりだったって事か!?」 「早とちりをしてはいけないよ、蹴人。人の話は最後まで聞くべきではないかな?知りたい内容の話であるならば、尚更…」 「悪い…」 「始めからそのようなつもりでいたわけではないよ。俺の言葉が悪かったね。端折らずに一つ一つゆっくりと話していこうか。」 「お前、その言い方腹立つな。俺が話を理解できないヤツだと言われてる気分になる。…まぁいい、続けろ。」 「あの日、俺を誘ったのは君だよ。既に酷く酔っていたからなのか、それともあのように誰かを誘う事に慣れていたのか…どちらなのかは俺には分からないけれどね。」 「は?俺がお前を誘うわけ…」 少しの間… そのように人を誘うという自覚があるという事だろうか… 「そして、意識もなく歩けなくなる程に酔った君を、あのホテルに連れ帰った。」 「連れ帰っただけじゃないだろ。」 「そうだね。我慢ができなくなってしまってね…。君が可愛らしすぎるからいけないのだよ。」 「可愛い可愛いってお前、やっぱり目が腐ってる。」 「酷いなぁ。…しかし、蹴人が初めてだった事に関しては想定外だったよ。俺としてはとても嬉しい誤算だったけれどね。」 嬉しい誤算… しかし、その事は蹴人に嫌われてしまうという結果を招いた。 分かっていながらも我慢をできなかった俺が悪い。 「…黙れ、気持ち悪いヤツだな。」 「本当の事を言っただけだよ。」 「最後に聞く。どうして颯斗と知り合いだった。颯斗もお前との関係を隠そうとしていた。」 「おや、可愛らしいね。ヤキモチかい?」 「なんでそうなるッ!真面目に答えろ。」 「彼は、よくオフィスへ遊びに来るからね。」 「颯斗がか?」 「彼は、俺の秘書の恋人でね。」 暫く蹴人は難しい顔をして考え込んでしまった。 そして、目を見開いた。 「社長だとッ!!」 「できる事ならば、君には話さずにいたかったのだけれどね。」 あまりにも大きな声を出すものだから、思わず苦笑してしまった。 俺の立場など、話したくはなかった。 怖かった… 失いたくはなかった… 殆どの人間が俺ではなく八神いうブランドを目当てに近寄ってくる。 今まで隣に居た人が、気づけば居なくなっている事は決して珍しい事ではない。 そして、その欠けた穴を埋めるかのようにまた別の人が寄って来る。 そのような人間関係の中で生きてきた俺は、少し人間不信気味なのかもしれない。 信じられる存在は折戸だけだった。 家族でさえも信用できなかった。 唯一、母を除けば… しかし、母も俺がまだ幼い頃に亡くなってしまった。 俺の身勝手な願いではあるけれど、蹴人には側に居て欲しいと思っている。 一時的なものではなく、永遠に… 折戸はもちろんだけれど、蹴人も失いたくはない。 例え俺の側から居なくなったとしても逃さない… 逃すつもりはない。 永遠に俺の中に閉じ込めておきたい。 そのような願いが叶わない事くらい理解はできている。 この世は俺と蹴人で作られているわけではない。 独り占めする事など、不可能であり、あまりに現実離れしすぎている。 「…」 「…ねぇ、蹴人。俺の家へ来たという事は、これから君と俺の間に起こる事を君が理解していると解釈しても構わないね?」 「…ッ…知るか。お前が勝手に連れてきたんだろ…」 「しかし、君は拒否をしなかったよね?…」 ゆっくりと距離を詰める。 逃げ出す事を許さないというかのように。

ともだちにシェアしよう!