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第11話

颯斗はろくでもない男に引っかかって泣いてばかりいた。 今度こそは、幸せになってほしい。 そう願わずにはいられなかった。 「で、シュートはツンツンしてすぎてついに八神さんに見捨てられたか?最近店にもこねぇし。」 「知るか。むしろ清々する。」 「それ、八神さんが聞いたら泣くぞ。」 「黒木君、総一郎ですが、彼は君を見捨てたわけではありませんよ。」 「…別に、聞いてないですよ。」 「君に言っているわけではないですよ。これは、私の独り言ですから聞き流してもらって構いません。総一郎は今、仕事もプライベートも忙しいのですよ。」 「プライベート…」 その言葉が引っかかった。 どうやら八神はあの男とよろしくやっているらしい。 腹が立つ… なにに腹を立てているのか自分でも分からない。 それが酷く歯痒い。 ギリッと強くトレーを握った。 「ほらほら、シュート、店長が睨んでるからとっとと働け。」 「お前が余計な事を言うからだろ。」 溜息を吐いてから仕事に戻った。 身体が重い… 疲労困憊の俺には正直しんどい。 バイトも… 今の状況も… 全てがしんどい。 バイトが終わると、重い身体を引きずって店を出た。 「やぁ蹴人、お疲れ様。」 勘弁してほしい。 最悪のタイミングだ。 八神が店の前に高級車を乗り付けて待っていた。 「…八神。」 「とりあえず乗って、蹴人。」 「は?急になに言って…」 「急でなければ、君は会ってくれたのかい?」 「…ッ。」 「…多少強引でなければ、会ってはもらえないと思ったのでね。」 「…」 手首を掴まれて半ば強引に車に乗せられた。 こうなれば、もう諦めるしかない。 俺は素直にシートベルトを締めた。 運転席に八神が乗り込んで車が走り出した。 正直、今すぐにでも寝たい。 車の揺れさえも今の俺には子守唄だ。 黙ったままボーッと窓の外を流し見る。 見慣れた道… 行き先は八神のマンションだ。 街灯の光がなくなり、車内が暗くなる。 駐車場に入って、滑り止めがキュッキュッとタイヤを鳴らす。 毎度ながら、安定した見事なハンドル裁きで駐車を一発でキメて車は停車した。 普通ならここは見せ場なんだろう。 それに対してリアクションをとるのも普通なんだろう。 そんな事は俺には関係ない。 「…蹴人。」 「…あぁ。」 シートベルトを外して、車を降りた。 後ろから、ガチャッとロック音が聞こえた。 聞こえたのはそれだけじゃない。 深いため息… そんなもの、俺が吐き出したい気分だ。 「…いつも以上に、不機嫌なのだね。」 「…」 後ろから聞こえた声は落胆にも聞こえた。

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