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第15話

余裕がある態度に腹が立つ。 八神が肩口に顔を埋めて、唇が這った場所に痕が刻まれていく。 何故俺にこんなモノを残すのか… 意図が見えない。 「…ッん、ふ…ぁ…」 俺の気持ちを置き去りにして、耳障りな高めの声だけが漏れた。 その度に八神は嬉しそうに笑った。 「ふふ、気持ちが良いのかい?…随分と反応しているようだけれど…」 「…いちいち、言う…ン…ん…止め…ッ…」 八神は小っ恥ずかしい事ばかり口にする。 その言葉は俺を興奮させるには十分すぎる。 その事に八神も気づいていると思う。 わざと言っているに違いない。 八神の唇が胸元を這って、焦らすように散々痕を付けた後、執拗に乳首を弄ばれた。 舌先も唇も優しい動きをする。 こんなに優しくされたら期待する… 期待?… 一体何を期待しているんだ。 考えれば考える程自分が分からなくなる。 八神は只のセフレだ。 別に期待をする事なんて一つもない。 割り切れた関係に期待はいらない。 だから抵抗する。 八神の肩を掴んで押し退けようとググッと腕に力を込めた。 「今日は、いつも以上に抵抗するのだね…」 「…別に。今までも今も、俺は望んで受け入れた事なんて一度もない。」 「………そう。それは、申し訳なかったね…」 そう言った瞬間、八神が俺から離れて、俺は壁伝いにズルズルと床に崩れ落ちた。 出ていない筈のシャワーが流れる音が聞こえた。 八神の唇が動いたように見えたが、それはシャワー音にかき消された。 ただ、酷く歪んだ八神の顔だけが焼き付いた。 その後、俺に背中を向けて浴室を出て行った。 その後ろ姿に、なぜか鼻の奥がツンとした。 「…クソ、…中途半端な事すんな…」 俺は無駄に熱を帯びたチンコが落ちつくのを待った。 甘勃ちだったからなのか、気分が萎えていたからなのか、落ち着くのは早かった。 浴室を出て、タオルで簡単に身体を拭いてから服を着た。 髪も生乾きのままリビングに戻って鞄を持った。 とてもこのまま居られるような雰囲気じゃない。 八神はソファーに身体を沈めていた。 普段、穏やかな筈の八神がピリピリとした空気を纏っている。 俺の気配には気付いている筈だ。 いつものバカみたいに甘い声も、バカみたいに優しい笑顔もない。 あるのは俺の存在を無視したように向けられた背中だけだ。 俺は声もかけないままマンションを出た。 俺だけが悪かったのか… 今となっては、もうよく分からなかった。

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